相続に関して40年ぶりに法改正がありました。今回の改正の柱のひとつが遺言書の作成促進です。書き方のルールが緩和されて自筆証書遺言が作りやすくなりました。
自筆証書遺言は全文を手書きする必要がありましたが、改正によって財産目録についてはパソコンで作ったり登記事項証明書や通帳のコピーを別に添付する方法も認められることになりました。また法務局で自筆証書遺言を保管する新しい制度がスタートしました。
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他にはこういった点が変わりました。
- 預貯金の仮払い制度の創設
- 遺留分制度に関する見直し
- 配偶者の居住権を保護する制度の創設
また相続の効力や相続人以外の者の貢献を考慮するための方策についても改正されることになりました。
まずは預貯金の仮払いの制度から改正の背景と新制度の概要を見ていきましょう!わかりやすさを優先して、できるだけ専門用語を使わずに書いています
参考「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」法務省のサイト
預貯金の仮払い制度
相続された預貯金債権について、公平性を図りつつ生活費や葬儀費用の支払などの資金需要に対応できるように、遺産分割前にも払い戻しが受けられる仮払いの制度が創られました。
改正の背景
相続人間で遺産分割が終了するまでの間は相続人単独では預貯金(債権)の払い戻しができません。
生活費や葬儀費用など相続が発生してすぐに現金が必要な場合に、遺産をどう分けるかということではなく単なる当面の費用のようなものまでも払い戻しができないことが課題になっていました。注)ゆうちょ銀行の簡易相続手続き(100万円以下の場合)といった例外はあります
新制度の概要
預貯金の仮払いの制度はこの2つです。
- ①家庭裁判所の判断で仮払いが認められるもの(保全処分の要件の緩和)
- ②家庭裁判所の判断なしで払い戻しができるもの
やっぱり使い勝手がいいのは②だと思います。遺産である預貯金のうち一定額について相続人のひとりから払戻しが認められるようになります。ただし払戻しができる金額にはこのような上限があります。
相続開始時の預貯金の額(口座基準)×1/3×払戻しをする相続人の法定相続分
例えば、ある口座の残高が600万円で相続人が2人であれば、1人の相続人が仮払いを受けられる金額は100万円ということになります。
ア 家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策
預貯金債権の仮分割の仮処分については,家事事件手続法第200条第2項の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)を緩和することとし,家庭裁判所は,遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において,相続財産に属する債務の弁済,相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは,他の共同相続人の利益を害しない限り,申立てにより,遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることにする。イ 家庭裁判所の判断を経ないで,預貯金の払戻しを認める方策
各共同相続人は,遺産に属する預貯金債権のうち,各口座ごとに以下の計算式で求められる額(ただし,同一の金融機関に対する権利行使は,法務省令で定める額を限度とする。)までについては,他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しをすることができる。
参考「相続された預貯金債権の払戻しを認める制度について」法務省のサイト
預貯金の相続手続きは、キャッシュカードで残高を引き出すだけで解約までしないことも実際には多いような気がします(おすすめしているわけではありません、念のため)。
預貯金の仮払い制度ができれば、被相続人が亡くなった後にキャッシュカードで引き出すことが減るのかどうかはわかりませんが、相続人の1人が勝手に引き出すことが相続人間のトラブルの元になるのは間違いないので、仮払いの制度が活用されれば相続トラブルを防ぐ効果は期待できそうですね。
また異母・異父兄弟がいる場合などすぐに遺産分けの話し合いができないケースではとても便利な制度になりそうです。
遺留分制度に関する見直し
遺留分とは兄弟姉妹を除く法定相続人に認められている絶対的な相続財産の受け取り分のことです。この遺留分の取り戻しをすることで当然に共有状態になってしまうことが事業承継をする際の課題になっていましたが、共有ではなく遺留分に見合う金額を請求できるように変わります。
改正の背景
会社を経営していたお父さんが会社の土地建物を一緒に事業をしていた長男に相続させる遺言をして亡くなり、それが他の兄弟の遺留分を侵害していたケースで考えてみましょう。
他の兄弟が遺留分を取り戻すことも取り戻さないことも自由ですが、もし遺留分の取戻しを行った場合に、会社の土地建物が長男と取り戻しをした他の兄弟の共有状態になってしまうことで、事業の承継がスムーズにいかないといった問題が生じていました。
新制度の概要
遺留分の取戻しをしても会社の土地建物は当然には共有にならず、金銭債権となって遺留分に見合う金額を請求することができるようになります。また、すぐに金銭を準備できない受遺者(今回でいえば長男)の請求で、裁判所がその支払いに猶予を与えることができるようになります。
遺贈や贈与で特定の財産をあげたい人がいる場合に遺言を書く人の意思が尊重されることにつながりそうです。参考「遺留分制度の見直し」法務省のサイト
配偶者居住権の創設
改正の背景
遺産に占める不動産の割合が多いケースで、配偶者が遺産分けで自宅(居住用の建物)を相続したとします。相続人は配偶者と子供が1人、遺産は自宅と預貯金で半分ずつだったとしましょう。
遺産をどう分けるか?は相続人の話し合いで自由に決めることができるわけですが、仮に半分ずつ相続しようとして、配偶者が自宅を取得すると預貯金を受け取れなくなってしまうので、被相続人が亡くなった後の配偶者の生活に不安が出るといった課題がありました。
新制度の概要
配偶者居住権は所有権ではないので、自宅を取得した相続人の名義に自宅の登記を変更することができます。また、配偶者居住権も登記をすることができ、仮に自宅が第三者へ売却されても買主に居住権を主張することができるという強力な権利になります。
要するに自宅を「居住権」と「所有権」にわけて相続できるように変わりました。
法務省のサイトに書いてあるように、配偶者居住権は負担の付いた所有権ということになります。参考「配偶者居住権について」法務省のサイト
ここで気になるのは配偶者居住権の価値をどう考えるのか?ですが、自宅の土地建物の現在価値から負担付所有権の価値を差し引いたものが配偶者居住権の価値と考えるようです。
負担付所有権の価値は、平均余命を元に負担がなくなるときを設定して試算するようですが、計算はなかなか難しそうです。
負担付所有権の価値は,建物の耐用年数,築年数,法定利率等を考慮し配偶者居住権の負担が消滅した時点の建物敷地の価値を算定した上,これを現在価値に引き直して求めることができる(負担消滅時までは所有者は利用できないので,その分の収益可能性を割り引く必要がある。)。
既に預貯金の手続きは終わっていて自宅の相続登記だけを依頼されるケースも多いので、預貯金の金額やどのように相続されたのかを司法書士である僕が知る機会はそれほど多くありません。
お母さんからお子さんへの二次相続を考慮してお父さん名義の自宅をお子さんに名義変更することも多いのですが、いくら子供とはいえ自分が住んでいる自宅の名義が自分ではないことに抵抗感を感じるお母様もいらっしゃいます。子供はともかく、その配偶者との関係もありますしね。
自宅の名義を自分にすることに固執したせいで、思うように現金や預貯金を受け取れなかったケースはこれまで多かったのではと想像できます。
配偶者短期居住権について
遺産分割が終了するまでの比較的短い期間についても配偶者の居住権が保護されるようになりました。配偶者はいずれか遅い日まで無償でその建物に居住することができるようになります。
- 遺産分割が終了するまでの期間
- 相続開始から6ヶ月を過ぎるまで
最低6ヶ月は守られるということになります。被相続人が建物を配偶者以外に遺贈した場合や反対の意思を表示した場合であっても配偶者の居住を保護することができます。
ただし、次のような条件があります。
※相続が開始したときに亡くなった方の建物に配偶者が無償で住んでいた場合
なお配偶者が相続を放棄した場合は、新しい所有者から出て行って欲しいという申し出があったときから6ヶ月は保護されます。参考「配偶者短期居住権について」法務省のサイト
配偶者を保護する制度(贈与等)の創設
改正の背景
自宅を生前に配偶者に贈与したとしても原則は遺産の先渡し(特別受益)があったと考えるので、結果的に配偶者が受け取れる財産の総額は贈与があろうがなかろうが変わりませんでした。配偶者を想って贈与しているのにその意思が反映されないことが課題だったわけです。
新制度の概要
結婚して20年以上になるご夫婦で生前贈与や遺言で配偶者が自宅を受け取った場合、自宅は遺産分割の対象から除かれることになります。
新制度では自宅について遺産の先渡しを受けたものとして取り扱う必要がなくなります。なんだか専門的でわかりにくいですよね。
こちらの事例を元に考えてみます。参考「長期間婚姻している夫婦間で行った居住用不動産の贈与等について」法務省のサイト
配偶者が最終的に受け取れるのは・・・
- 現行制度では・・・5,000万円
- 新制度では・・・・・6,000万円
新制度では1,000万円多くなります。違いは遺産総額の計算をするときに生前に贈与を受けていた居住用不動産(1/2の持分)を加入しないからです。
少しだけ専門的に
亡くなった人から特定の相続人が生前贈与や遺贈を受けていた場合に、相続人間の公平を図るために具体的な相続分を修正するのが特別受益の考え方です。ただし、特別受益となるのは婚姻・養子縁組のため、生計の資本としての贈与のみが対象になります。
配偶者に自宅の持分を贈与したことは特別受益となり原則は遺産総額の計算に含める必要がありましたが、今回の改正でその必要がなくなったということです。
ただし配偶者が優遇されるといっても、贈与や遺贈してもらわないと優遇されないので日頃から大事にしておかないとという話しですよね。
また、離婚・再婚が増えていることに伴い配偶者といっても相続人である子供と血縁関係のないケースが増えていることが想像できます。
親に住所を知られたくない。実の親と縁を切る方法はありませんか?
という相談を受けたことがあります。また、
両親の離婚で小さい頃からずっと離れて暮らしてきた。だから実の親かもしれないけど今の生活を壊したくない。
と相続放棄をされた方もいました。
血のつながりがすべてとは思いません。もちろん血のつながりがあろうが、なかろうが仲がよい場合もあるでしょう。またその逆もしかり。いずれにせよ高齢の配偶者の生活が保障されることにつながる今回の改正は時代にフィットするものだろうと感じています。
こうして見てくるといろいろと変わっていますね。まだまだ知らない方も多いようですが、みなさんはご存知でしたか?
迷ったときは専門家に相談しよう
相続といっても遺産分けや名義変更などの様々な手続きから相続税まで非常に多岐にわたります。少なくとも思い込みだけで判断したり、一人の専門家の話を鵜呑みにするようなことはせずに、各分野の専門家の意見を聞いてみることでベターな解決策が見つかる可能性が高いでしょう。
司法書士・税理士・弁護士だけではなく各分野の専門家が一同に会する相談会を定期的に開催しています。わかったつもりになっている相続の知識の確認も兼ねて相続について気になっていることがある方はぜひお気軽にお問い合わせください。
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司法書士・行政書士 伊藤 薫