ルールに従わないで書いた遺言は残念ながら無効です。公証人が関与する公正証書遺言ではありえないと思いますが、自筆証書遺言の場合、有効なものは2割程度とも言われています。
もしかするとあなたの書いた自筆証書遺言は無効な遺言かもしれません。
自筆証書遺言を書くと決めたら確実に【使える遺言】を作りたいものですよね。
遺言を書いた人の想いを確実に実現できる遺言、言い方を変えれば【使える遺言】はケースバイケースなのでこういう遺言ですと表現するのが難しい一方で、【使えない遺言】は、はっきりしています。
例えば、ご夫婦が1枚の用紙に連名で書いた遺言は内容について問題がなくても無効になります。また、無効にならなかったとしても争いの火種になる遺言や想いとはまったく違う残念な結果を招いてしまう遺言を書いてしまうことがあります。
遺言を書こうと思ったときに知っておいて損はない、基本的な間違いや注意すべき点を事例を使って解説します。
目次
相続事件簿|遺言に書かれていない実家は誰のもの?
【Aさん】
父は家族が相続でもめないようにと、3人の子供達が財産を平等に受け取ることができる内容の遺言を作って相続の準備をしていましたが・・・
遺言を作った後に自宅を購入したのに遺言の内容を見直さなかったので、遺言に書かれていない実家をめぐって兄達が揉めてしまいました。
遺言に記載されていない財産は相続人全員で遺産分割協議をする必要があるため、遺言に書かれていない財産が元でトラブルになることがあります。
書き洩らしたつもりはなくても、財産の存在自体を忘れている、もしくは存在すら知らなかった場合も考えられます。
見落としがちなもの
- ☑ 自宅の土地に隣接している道路部分
- ☑ 遠方にある田畑・山林
- ☑ 相続後、名義変更をしていない土地や建物
- ☑ 引っ越しや転職・退職で使わなくなった口座 etc.
相続が発生しているのに遺産分けの話し合いが済んでいない未分割の相続財産は、見落としてしまう可能性が高いです。早めに別途手続きをしておくか、未分割の相続財産についても遺言に書いておきましょう。
例えばおじいちゃんの代から名義変更をしていなかった不動産の名義変更をしようとすると、想像以上に相続人が増えていることがあります。中でも相続人が兄弟姉妹の場合は、相続人の数が爆発的に増えてしまう恐れがあるので、遺言を書くときは財産の書き漏れがないかどうかを念には念を入れて確認しましょう。
ポイント
「その他一切の財産を○○(例えば長男)に相続させる」という内容を遺言に記載しておけば、遺言作成後に増えたり、発見された財産は相続人が遺産分割協議をしなくてもスムーズに引き継ぐことができるので、ケースバイケースで有効です。
遺言の作成後に財産の内訳が変わることもあるので、漏れがないように誕生日や年始など定期的に遺言を見直すことが有効です。
まとめ
子供達が相続で揉めないようにと考えて作った遺言が争いの火種になってしまうとしたら本末転倒ですし、もったいないことです。
遺言を書くときは財産の書き漏れがないかどうかを念には念を入れて確認しましょう。また、書き直す必要がないか?を定期的に確認することも必要です。
相続事件簿|遺言執行者は信頼する大先輩
相続のご相談で亡くなったAさんの遺言を拝見した時のことです。公正証書で作られた遺言で遺言執行者が定められていました。
特に問題はなさそうでしたが、遺言で指定した遺言執行者は既に亡くなっていました。
相続が発生してから十数年が経っていたので、遺言執行者が亡くなっていても仕方がないかと思いましたが、よくよくお話しを伺うと遺言者のAさんよりも先に遺言執行者が亡くなっていたようです。
Aさんは信頼を寄せていた大先輩にもしものときの遺言執行者をお願いしていました。大先輩なので当然ながらAさんより年齢はかなり上。遺言執行者が先に亡くなったのは納得できました。
全ての遺言に遺言執行者が必要ではありませんが、遺言執行者を定めておくと、他の相続人の同意を得ることなく遺言執行者が手続きを行うことができるのでスムーズに執行することができます。
Aさんの遺言内容を実現するために遺言執行者が必要ではなかったので問題はありませんでした。
ポイント
遺言の内容に認知や推定相続人の廃除・取消が含まれていれば、これは遺言執行者だけが執行できるものなので、遺言執行者が亡くなった時点で遺言を作り直して改めて遺言執行者を指定するか、遺言者の死後に家庭裁判所で別の人を遺言執行者に選任してもらう必要があります。
遺言を作ったときはAさんの死期が差し迫っていたわけではなかったようです。
余命宣告を受けているなど死期が迫っているのでなければ、大先輩に遺言執行者をお願いするのはやめましょう。
遺言執行者は若ければいいかというと、未成年者と破産者は遺言執行者になることはできません。
(遺言執行者の欠格事由)
民法
民法第千九条 未成年者及び破産者は、遺言執行者となることができない。
いつの時点で未成年者か否かを判断するのか?
- 遺言を書いた時?
- 相続開始の時(遺言者が亡くなった時)?
遺言の効力がいつ発生するかを考えると遺言者が亡くなった時なので、未成年者を遺言執行者に指定した場合でも、相続が開始した時にその人が未成年者でなくなっていれば遺言執行者になることができます。
例えば、生まれたばかりのお孫さんを自分の遺言執行者に指定したとしても、それから20年長生きすればそのお孫さんが遺言執行者になることができるので問題はありません。
個人と違って亡くなることのない信託銀行などの法人を遺言執行者に指定する方法もあります。
余談ですが、未成年者は遺言執行者(公正証書遺言の証人にも)になれないと聞くと、遺言を書くこともできないのだろうと思うかもしれませんが、実は未成年者でも遺言を書くことはできます。
(遺言能力)
民法
民法第九百六十一条 十五歳に達した者は、遺言をすることができる。
15歳なので遺言は高校生でも書くことができます。高校生の娘さんが部屋に籠って一生懸命机に向かっているから気になって覗いてみたら遺言を書いていたなんてこともあるかもしれません。しかも最近できたばかりの彼氏に全財産をあげるなんて内容だったら、世のお父さんはかなりショックですよね。。
まとめ
全ての遺言に遺言執行者が必要ではありませんが、遺言執行者がいることでスムーズに執行されることがあります。遺言執行者にしかできないこともあります。
もしものときに年齢は関係ないとは言っても若い人の方が長生きする確率が高いでしょうから遺言執行者は自分よりもある程度若い方を指定する方が無難です。
相続事件簿|こんな遺言は無効だ!
【Aさん】
父は、結婚しないで同居している私には自宅を、結婚して家を出ている弟には現金100万円を相続させる内容の自筆の遺言を残して亡くなりました。
自宅と現金100万円の価格の差に納得できない弟が「遺言を作成した当時、父が認知症だったため、意思能力が不十分で遺言は無効だ」と言い出して、遺言の有効性をめぐって裁判になってしまいました。
遺言を作成した時に認知症の疑いがあったかだけではなく、筆跡が違うなど、遺言の内容が自分にとって不利な相続人が遺言の有効性に疑いをかけることがあります。
自筆証書遺言は自分1人で作成できるため、作成時に十分な意思能力があったのかどうかは体裁や内容から推定するほかありません。
その点、公正証書遺言の場合は公証人が遺言者の意思能力に問題があると判断すれば、医師の診断書や立会いを要求できるので、遺言時の意思能力がトラブルの原因になる可能性を減らすことができます。
とはいえ、公正証書遺言でも無効と判断された事例はあります。
また、自筆証書遺言(法務局で保管されているものを除く)は、遺言者の死後、家庭裁判所で「検認(けんにん)」という手続きを経なければ、その内容を法的に有効にすることができません。
検認は、相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせ、遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続きですが、検認手続きで遺言の有効・無効が判断されるわけではないことに注意してください。
ポイント
適切な表現ではないかもしれませんが、亡くなった後でいちゃもんを付けられないように、できる限りの準備は必要です。
- 早めに準備しておく
- 自筆証書遺言の場合は、変造・隠匿を回避するために法務局の保管制度を利用する
- 公正証書で作る
- 兄弟で差をつけた理由を手紙にしたためる
まとめ
遺言の内容が自分にとって不利な相続人が様々な理由を付けて遺言の有効性に疑いをかけることがあります。
相続人間で差をつける事情はいろいろあると思いますが、疑いを差し挟む要素をつぶしておく、手紙で差をつけた理由を伝えるなど、遺言が元で無用なトラブルが起きないような準備をしておくことをおすすめします。
相続事件簿|明暗を分けたのは一本の赤い線
全面に赤いボールペンで斜線が引かれた遺言(自筆証書遺言)は、遺言者が遺言の内容を撤回する意思があったのか否かを巡って、兄と妹が争った裁判がありました。
新聞でも取り上げられたので目にされた方も多いかもしれません。
何故、争いになるのかというと・・・
民法では遺言の撤回は焼却、破り捨てるといった、故意に破棄したときと定められているので、斜線を引くことが破棄にあたるのか?というのが1つ目のポイントです。
2つ目のポイントは、自筆証書遺言を訂正するには変更した箇所を特定して変更した旨を書いた上で署名と押印が必要になるので、赤い斜線が引かれているだけの今回のケースでは変更に当たるのか?という点です。
財産の大半を長男に相続させるという遺言だったので、お父さんの遺言が有効か無効かの結果次第で、兄妹の相続財産の取り分は大きく変わります。
全面に赤いボールペンで斜線を引いているのだから、これは撤回する意思表示と考えるのが一般的な感覚かもしれませんが・・・
みなさんはどう感じますか?
赤いボールペンで斜線が引かれた遺言は「無効」と判断されました。
形式的なことよりも、赤い斜線を引いたという行為を遺言者が遺言の内容を撤回する意思があったと重く評価して最高裁は「無効」と判断したということです。
遺言を書いたお父さんは2002年に亡くなっているので、亡くなってすぐに揉め事が起きたとして最高裁で判決が出るまで実に13年。これだけの年月を裁判に費やすのは相当なエネルギーがいりますよね。
お父さんもまさか一本の線のせいで、ここまでの揉め事に進展するとは思いもしなかったでしょう。
まとめ
遺言をルールに則った方法で訂正しなかったばかりに、子供達が最高裁まで争った裁判がありました。
今回は赤い斜線を引いたという行為を、遺言を撤回する意思があったと裁判所が評価して決着がついたわけですが、結局のところ遺言者の真意はわかりません。 遺言は何度でも新しく作り直すことができます。訂正するよりも作り直した方が間違いがなさそうです。
そもそも今回の遺言は遺産の大半を長男に相続させる内容なので、赤い斜線が引かれていなかったとしても、すんなり事が進んだかどうかはわかりませんが。
こんな遺言を書いていませんか?
こんな遺言を書くと失敗しますよ。という視点から相続トラブルの火種になりそうな遺言を取り上げて、逆説的に【使える遺言】とはどういうものなのかを見てきました。
- 財産を特定できていない遺言
- 遺産の書き漏れがある遺言
- 遺言執行者が不適切な遺言
- 有効性に疑問がある遺言
- 訂正の仕方があいまいな遺言 etc.
財産を特定できていない遺言
どこの不動産なのか?どこの口座なのか?を正確に記載していない遺言があります。こういった遺言では手続きがスムーズにいかなかったり、最悪の場合、遺言では手続きができないおそれがあります。せっかく遺言を書くわけです。ひと手間かけて小さなミスもないようにしてください。
- 自宅などの不動産の場合
固定資産税の納税通知書だけではなく、法務局で不動産の登記事項証明書を取得して正確に記載しましょう。
- 預貯金、株式の場合
通帳や資料を確認して支店名や口座番号などを正確に記載しましょう。※2019年1月13日から財産目録については、パソコンで作ったり登記事項証明書や通帳のコピーを別に添付する方法も認められています
遺言執行者が不適切な遺言
遺言執行者(いごんしっこうしゃ)とは、遺言の内容を確実に実現させるために必要な手続きなどを行う人です。
- 遺言執行者を決めておくかどうか?
- 誰を指定するのか?
は遺言者が決めることができます。
遺言を書いたときにはベストな人選だと思っていても結果的にベストではなかったと思うことはありますが、そもそも他の人を選んでおけば良かったのにと思ってしまうことがあります。少なくとも自分が亡くなるときに遺言執行者として役目を果たしてくれる可能性が低い人は避けるべきです。
訂正の仕方があいまいな遺言
こうもパソコンやスマホに頼りきった生活をしていると手書きをすること自体が稀です。「あ!間違えた」なんて郵便物の宛名を書いているときに住所を間違えようものなら書き直すのが面倒なのでなんとかうまくごまかせないかと思ってしまいますが、みなさんはそんなことはありませんか?苦笑
自筆証書遺言はその名の通り、財産目録を除く全文を自筆で書かなければいけません。そのため「あ!間違えた」とか、「気が変わった」場合に自筆証書遺言を訂正加筆するにはどうすればいいのでしょうか?
民法では次のように自筆証書遺言の訂正加筆の方法は厳格に定められています。このルールに従わないと最悪の場合は遺言自体が無効になってしまうおそれがあります。
(自筆証書遺言)
民法
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
ルール通りに正しく訂正できているかどうかを悩むようなら、面倒かもしれませんがもう書き直すことをおすすめします。書き損じをなんとかごまかせないかなんてことは、くれぐれもお考えにならぬよう。
財産や相続人の状況は様々なので紹介した遺言に該当しなくても、それが確実に使える遺言なのかどうかの判断は難しいところです。使える遺言はこういうものですと画一的に言えるようなものではないので、どうしても限界があります。
自筆証書遺言は自分ひとりで作ることができるので手軽ですが、その反面、無効になったり、無効にならなくても望んでいた結果とは全く違った結果を招く恐れがあります。
遺言を作るなら確実に【使える遺言】を完成させるために公正証書遺言を作成することや遺言内容を相続の専門家に相談されることをおすすめします。
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司法書士・行政書士 伊藤 薫