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終活だけじゃもったいない!人生が変わるエンディングノート超活用法

書いておいた方がいいとわかっていても、なかなか書けないのがエンディングノートです。

先送りにしてしまうにはもったいないエンディングノートの活用法について、いわゆる終活とは違った視点も取り入れてご紹介します。エンディングノートを書きたいと思いながら、ずっとそのままになっている方に読んでもらえたら嬉しいです。

目次

エンディングノートの本質

自分にはまだ早い。

みなさんそう仰るんですがエンディングノートを書くことと年齢は関係ない。僕はそう思っています。というのも、エンディングノートの本質はこういうものだからです。

  • もしものときに向き合い、後悔のないように、これからの生き方を考えるもの

これからの生き方を考えるためなら、エンディングノートを書くのは早ければ早いほどいいと思いませんか?例えば人生の折り返し地点である40代はエンディングノートを書くのに相応しい年代の1つです。

エンディングノート3段活用のすすめ

エンディングノートを買っている人・持っている人は多いのに、書いている人はほとんどいません。これは非常にもったいないことです。エンディングノートに対して終活という固定概念を持ってしまっていることが活用できていない大きな理由です。

すぐにエンディングノートを書くことは諦めて、まずは書くための準備(準備編)から始めましょう。準備が整ったところで、もしものときに家族の助けになるエンディングノートを書いてもしものときに備えましょう(活用編)。

そして元気な時にエンディングノートを書くことのメリットは計り知れません。もしもに備えるにとどまらずに後悔ないように生きることを目指してエンディングノートを活用しませんか?(超活用編)

準備編、活用編、超活用編とエンディングノートを余すことなく使い倒す3段活用法を紹介します。

①準備編|もしもに向き合うエンディングノートは普段考えないこと、できれば考えたくないことに向き合うきっかけです。まずはもしものときを自分事として考えることから始めましょう。
②活用編|もしもに備えるエンディングノートを書いておきたい理由の第1位は「家族に面倒をかけたくないから」です。家族の助けになるエンディングノートを書いて、もしものときに備えませんか?
③超活用編|生き方を変えるもしもに備えるのその先、明日もしものときが来ても後悔ないように生きる。ここを目指して生き方を変える、これが超活用編で目指すゴールです。

①準備編|もしもに向き合う

書いておいた方がいいのはわかっているのにほとんど誰も書いていないのがエンディングノートの残念な現実です。書けない理由をわかった上で、準備編ではもしものときをできるだけリアルにイメージして自分事として考えることから始めましょう。

エンディングノートが書けない理由

エンディングノートを書いている人2.0%

「ライフエンディング・ステージ」の創出に向けた研究会報告書

実際にエンディングノートを書いている人はほとんどいません。これがエンディングノートの残念な現実です。書けない理由を挙げればきりがありませんが、主なものはこんなところでしょうか。

  • 時間がない
  • 面倒くさい
  • 書くことが多すぎて、どこから書いていけばいいのかわからない
  • 難しそう
  • そもそも書き方がよくわからない etc

でもエンディングノートが書けない最大の理由は、自分にはまだ早いもしものときなんてずっと先のこと。と何歳だろうと今が元気ならここで思考停止してしまうことかもしれません。

結局のところ、自分のもしものときにリアリティを感じられないから書けないわけです。夏休みの宿題や締め切りのある仕事と同じように、追い込まれないとやらない・できない。というのもよくわかります。優先順位の低いことはギリギリになるまであと回しです。これって僕だけじゃないですよね(苦笑)

できれば考えたくないことに向き合う

エンディングノートを手に入れることで安心・満足してしまう気持ちははよくわかります。学生時代に参考書や問題集を買っただけで、なんだか勉強したような気になったのと同じ感覚ですよね(苦笑)

ずっと書けなかったエンディングノートをすぐに書き進めることは難しいことです。まずは、もしものときについて考えるページ、例えば介護や医療のページを書こうとしてみてください。エンディングノートを書くことは普段考えないことできれば考えたくないことに向き合うことです。突然、脳梗塞で意識不明になったら?なんて縁起でもないことなのはわかっていますがあえて考えてみてください。

ここ数年、不意にもしものときについて考えさせられることが何度もありました。

その中で、はじめての大腸カメラはかなり痛い思いをしました。麻酔をしなかったので検査中の膨満感もしんどかったし、腸のカーブのきついところにカメラ入れる時はおもわず叫んでしまうくらいの苦しさ。それに検査の前に2リットルの下剤を飲む前処理も楽じゃないです。もう1回と言われたらかなりびびってしまいます。。

おかげ様で大事には至りませんでしたが、もしものときを真剣に考えるきっかけになりました。

精密検査のイメージ
  • 病気やケガ
  • 身近な方の死
  • 自然災害 etc

生きていれば誰しも否が応にももしものときを考えされられることがあります。しかも突然に。もしものときを真剣に考えるきっかけなら他にもいろいろあると思いますが、精密検査や手術と違って身体は痛くも苦しくもないのでエンディングノートを書こうとすることが一番手軽でしょう。

見方を変えれば、もしものときを自分事として考えることができなければいつまで経ってもエンディングノートは書けません。

もしものときを自分事に考えられる方法

入棺体験をはじめて経験したときは怖いほどにもしものときをリアルに想像してしまって相当焦りました。日常生活の中で死を自分事に感じる機会としてはこれ以上のものはないように思います。元気なときに死を意識することのメリットは計り知れないので、もし入棺体験ができる機会があれば一度体験してみることをおすすめします。

そうは言っても入棺体験はハードルが高い、もう少しソフトなものならやってみたいという方に向けて、もしものときを自分事として考えるきっかけになるものをご紹介します。

入門編に「映画 エンディングノート」

エンディングノートや人生のエンディングを自分事として考えるきっかけになる映画です。ひとりでエンディングノートに向き合うことよりも、エンディングノートをきっかけに、自分のエンディングについて家族や大切な人と向き合えることの大切さがよくわかります。

映画エンディングノート

「いったい、どこまでカメラを回すの?」と思ってしまうほど、娘である監督がお父さんのエンディングを追い続けます。主人公である監督のお父さんが、亡くなる数日前に病院で長男と(自分の)葬儀の打合せをしている時に、こんなことを言って家族を笑わせていました。

分かんないことあったら携帯ください!

このお父さんは「段取り命」で生きてこられたようで、たとえ自分の死であってもぬかりなく準備をしないと気がすまないという性格。いかなるときもユーモアを忘れないお父さんのキャラクターがあってこそ、完成することができた作品だと感じました。もちろん、お父さんから家族へ、家族からお父さんへの深い「愛」がなければ、ここまでとことんは撮れないはずです。

家族に囲まれ、あったかい雰囲気で見送ってもらえたお父さんはすごく幸せだと思いました。1回観るだけでは知り得ない、こんな素敵なエンディングを迎えることができる秘訣を学ぶために何度も観たい映画です。

カードゲームのような「もしバナゲーム」

ゲームを通してもしものときを考える「もしバナゲーム」を知っていますか?

もしバナゲーム

もしバナゲームとは?

もしバナゲームは重病のときや死の間際に「大事なこと」として人がよく口にする言葉が書いてある35枚のカードを使って、余命宣告を受けた場合を想定して自分が何を大切だと思うかをゲームをするように考えるものです。

このルールに沿ってカードを用いることで、自分自身が大切にしていることを考え、それらを言葉にすることで、さらに他のプレイヤーの価値観を聴くことで、各人が新たな気づきを得ることができます。

「もしバナゲーム」iACPのサイト

もしバナゲームのマイスターの方から直接レクチャーを受けることができる機会がありました。やり方はいくつかあるみたいですが、このときレクリエーションルール(ヨシダルール)を教えてもらいました。

もしバナゲームをするときの心構え

もしバナゲームをはじめる前に、基本的な心構えや注意事項について説明がありました。

  • ゲームの進行をせかさない
  • 他人の考えを否定しない
  • 知りえた情報について口外しない

ゲームはトランプのように場に並べたカードと手持ちのカードを交換しながら死期が差し迫った状況をイメージして5枚のカードを残します。選びとった5枚のカードから中でも大事だと思う3枚と、少し優先順位の低い2枚に仕分けます。そしてゲームの最後に、なぜこのカードを選んだのか?そしてゲームを体験してみた感想を順番にシェアしていきます。

僕が選んだ5枚のカード@もしバナゲーム

もしバナゲームの感想

大事だと思い選び取った5枚からさらに3枚を選び取るのがやっぱり難しいです。これはそのときの心理状態が大きく影響するだろうと思います。ちなみに僕はこの3枚を選びました。

  • ユーモアを持ち続ける
  • 不安がない
  • 信頼できる主治医がいる

1回しかできなかったので表面的な感想になってしまうかもしれませんが、僕が考えるエンディングノートの本質部分、「もしものときに向かってこれからの生き方について自分と向き合うもの」と共通するところがあると感じました。一方で「他人に自己開示をするきっかけになる」という印象を持ちました。ここはエンディングノートとは大きく異なる点です。

馴染みのない言葉だと思いますが、もしバナゲームはアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の1つのようです。厚生労働省ではこのアドバンス・ケア・プランニングをよりわかりやすく、馴染みのあるものにするために愛称を募集しているようです。

人生の最終段階において、本人の意思が尊重され、本人が希望する「生を全う」できるよう、年齢を問わず健康な時から、人生の最終段階における医療・ケアについて考える機会を持ち、本人が家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合うことが重要であると考えられます。

このような取組をアドバンス・ケア・プランニング(ACP)と呼び、欧米を中心に取組が普及してきています。    

参考:「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の愛称を募集します」厚生労働省のサイト

もしバナゲームは比較的ゲーム感覚で気軽にやってみたいと思えたので、その点は画期的だなと思いました。

「模擬余命宣告」は少々荒療治

「もしものとき」をできるだけリアルに感じてもらえるようにセミナーを企画したことがありました。長年外科医としてがん治療に携わり、1,000人以上の死に携わってこられた谷口医師とのコラボセミナーで余命宣告ワークと題して、参加者の方に「模擬余命宣告」を受けていただきました。

模擬余命宣告
模擬余命宣告①
模擬余命宣告②

患者役として演技派の参加者の方にご協力いただくことができたおかげでこういった感想をいただきました。参加者の方にはもしものときの衝撃体験をしていただくことができたようです。

  • 会場の空気が変わった
  • 気温が2度下がった
  • リアル過ぎて怖い etc

関連|最幸の人生の見つけ方×エンディングノート超活用術

衝撃の「入棺体験」

テレビの特集で見たことがあったのでその存在は知っていました。でもなかなか機会がないし正直なところ抵抗がありました。誰もがいつかは経験することなので練習しておいてもいいかなと、誘っていただいた終活セミナーで思い切って体験してきました。

入棺体験の感想は・・・とにかく狭い。。

肩がきゅっとなります。長さも余裕がありません。置いてあった棺桶がスタンダードなサイズなのか?本番ではワンサイズ上のものにした方がいいのか?わかりませんが、この中に長時間入っているのはかなり厳しいです。葬儀の生前契約として相談すれば、ぴったりなサイズを見立ててくれるのかもしれません。

狭かった話はこの辺にして蓋が閉められたときの感想を。

本当に体験で良かった。これに尽きます。もしもこれが現実なら「ちょっと待った~」と叫んでいたと思います。なんとか脱出しようとこんな感じです。

ちょっと待ったー!!@入棺体験

まわりに人が大勢いてザワザワした雰囲気のセミナー会場だったので、比較的ノリで入ることができました。これがシーンと静まり返った雰囲気だったら入るのに抵抗があったと思います。

ちなみにエンディングセミナーの会場にはバリアフリータイプの棺桶も置いてました。バリアフリータイプはサイドの板を半分倒すことで車椅子の方でも無理なく最期のお別れができるようにと開発されたものです。

バリアフリータイプの棺桶

もしものときをどうしてもイメージできなければ一度棺桶に入ってみる。これで駄目なら他の方法では難しいだろうと思います。もし機会があれば、なければ機会を作ってでも一度入ってみることをおすすめします。きっと人生観が変わります。

模擬余命宣告と同じく谷口医師と旅をコンセプトに入棺体験ができるセミナーを開催しました。関連|セミナーの醍醐味は疑似体験|棺桶の中で手に入れたものは?

これができたら準備編はクリアです!

僕は精密検査や手術というあわやの非日常体験を通して大切なものを見極める感覚が研ぎ澄まされた手応えを感じています。もしものときをリアルにイメージできたことで自分の人生はこのままでいいのか?と真剣に考えるきっかけになりました。

  • したいこと・したくないこと
  • 必要なもの・必要じゃないもの

エンディングノートの中で介護や医療のページを書き始めたことで、不幸にも病気やケガがきっかけになり、入棺体験をする機会があったなどきっかけは様々だと思いますが、あわやという非日常体験が働き方や生き方を見直すきっかけになることはままあると思います。

もしものときのを自分事として考えることができると見えてくるもの・気がつくことがあります。些細なことで全然かまいません。

  • これからは健康に気をつけよう
  • 週末は家族と一緒に過ごそう
  • 久しぶりに〇〇をしてみよう
  • 〇〇さんに会いたい
  • 前から気になっていた〇〇をどうしてもやりたい etc

準備編では、もしものときを自分事として考えることを目指してきました。普段考えないことを考えることでこういった気持ちの変化が現れたら、もしものときを自分事として考えることができたといえます。

気持ちに変化が現れたみなさんは晴れてエンディングノートを書く準備が整いました。もし気持ちに少しも変化が起こらないとしたらエンディングノートを書く準備は整っていないので、ここで終了です。お疲れ様でした。

②活用編|もしもに備える

もしものときに本当に役に立つエンディングノートの作り方

家族に面倒をかけたくない

というのがエンディングノートを書いておきたい理由の第1位です。

エンディングノートを書いておきたい理由
第1位 家族に面倒をかけたくない

ライフメディアリサーチバンク調べ

家族に面倒をかけたいなんて思っている人はもちろんいないと思いますが、エンディングノートを書いている人はほとんどいません。

準備編を見事クリアしてエンディングノートを書く準備が整ったみなさんに問います。家族の助けになるエンディングノートを書いて、もしものときに備えませんか?

もしもに備えるという目的でエンディングノートを書く上で押さえておきたいポイントがあります。ここを理解してエンディングノートを書かないと効果は期待できません。本当に役に立つエンディングノートを作るために知っておいて欲しいことをお伝えします。

本当に役に立つエンディングノートを作るための9箇条

  • ①書きにくいからこそ医療と介護のページから書こう
  • ②エンディングノートは本音で書こう
  • ③必要最小限の言葉の意味を理解してから書こう
  • ④正確な情報を元に書こう
  • ⑤個人情報は書きすぎない
  • ⑥遺言書の有無や保管場所を書いておこう
  • ⑦見た目や形式にこだわらない
  • ⑧定期的に見直して情報の鮮度を保とう
  • ⑨エンディングノートを書くことはスタートです

関連|もしものときに本当に役に立つエンディングノートの作り方

③超活用編|生き方を変える

エンディングノートの一般的な使い方を十分理解していただいたところで、「超活用編」と題してエンディングノートのさらなる可能性をご紹介します。

エンディングノートを書いて、もしものときをありありとイメージすると、ふと考えてしまう。

もしものときは明日かもしれない、と。

突然、もしものときに直面しても後悔のないように毎日を過ごすことができていますか?

これはかなり難しいと思います。正直なところ僕はまだできていませんが意識するようにしています。エンディングノートを書くことをきっかけに、普段は考えないもしものときに思いを馳せることができたなら「もしもに備える」で終わってしまうのは、もったいないと感じたことが超活用編をまとめる出発点でした。

もしもに備えるのその先、明日もしものときが来ても後悔ないように生きる。ここを目指して生き方を変える、これが超活用編です。

超活用編で目指すゴールと3つのステップ

生き方を変えるには、生き方が変わるような目標や優先順位を持っておく必要があります。おのずと生き方が変わるような目標や優先順位は、おそらく現時点では普段の生活の延長線上にはないでしょう。普段の少し先にあるならとっくに変わっているはずだからです。

本気で変えたかったら現状から大きく踏み出すようなものじゃないと変わりません。そう思いませんか?

目標を立てるなら一緒に期限を決めるのが良いと言われますが、人生の期限は決められないし、わかりません。そこで、こんな目標を考えてみませんか?

  • もし、これが叶うなら死んでもいいと思えるような目標

これはいささか直球すぎたかもしれないので、この人生でこれだけはやり遂げたいと思えることを見つけよう!というのはどうでしょう?人生のビジョンと言ってもよさそうですが、エンディングノートがきっかけなので「自分らしいエンディング」や「人生のゴール」というネーミングの方がしっくりくるかもしれません。

また目標ではなく優先順位で考えて、後悔なく生きるための人生の優先順位を決めることでもOKです。目標や優先順位を明確にしてそこに向かって毎日を過ごすことができれば、後悔少なく人生を終えることができるはずだと考えました。

超活用編はこの3つのステップの順番で進めていきます。

  • ステップ1|死ぬときに後悔することを掘り起こす
  • ステップ2|人生の優先順位(目標)を決める
  • ステップ3|優先順位(目標)に従って行動する

超活用編は「40代を後悔しないためにやっておくべきこと 日経BPムック」に掲載された「エンディングノート式目標設定の技術」を加筆修正しています。

エンディングノート式目標設定の技術

司法書士の伊藤薫さんは、人生の目標・計画作りに「エンディングノート」を活用することを提案している。

エンディングノート式目標設定の技術

「生き方を変える」は主観でいい

「生き方を変える」というのは、やっぱり大げさに感じるかもしれません。

僕は40歳になるまで自分からキャンプに行きたいなんて思ったことがありませんでした。ところが人生の優先順位を決めたことで今では100泊以上家族とキャップをするようになりました。これを単にキャンプが趣味になっただけと片付けることもできると思いますし、生き方を変えたことによる変化と捉えることもできると思います。

これは他人が決めることじゃないので自分の価値観(主観)で判断すればいいことです。生き方が変わったと僕が思えればそういうことなんです。そもそも世間一般の価値観ではなく、自分の価値観で物事を見れるようになることが生き方が変わった証だと思います。

またエンディングノートは家族のために書いておいた方が良さそうだからというモチベーションで取り組むことが多いと思います。超活用編で目指すのはそこから一歩進んだ状態です。

  • わくわくする
  • 今すぐ書きたい
  • 書いていて楽しい etc

こういった前向きな気持ちでエンディングノートと向き合うのが超活用編の理想的な形です。

ステップ1|死ぬときに後悔することを掘り起こす

漠然とした後悔しかわかなかった入棺体験

誘ってもらったセミナーで突然入棺体験をすることになりました。そのときは幸運にも体験でしたが、これがいつ現実になるのかはまったくわかりません。棺桶の蓋を閉められたときに心の底からこう思いました。

  • 体験で本当に良かった
  • いま死ぬのは確実に後悔する

後悔するって焦りましたが、〇〇をしたかったなぁ・〇〇もまだやっていないという、あれもこれもしたかったという感じでちっとも具体的じゃなかった。

後悔しそうなこと、言い方をかえれば死ぬまでにやりたいことが明確じゃないということは、10年先・20年先・30年先、もしものときはずっと先だとしても、そのときになったら絶対に後悔するということを思い知らされました。

後悔するのはやらなかったこと。

後悔のないように生きたい。周りからもよく聞くし僕もそうありたいと思います。そもそも、人は死ぬときにどんなことを後悔するんだろう?そんな疑問に答えてくれるのは、約千人の最期を見届けてきた医師の著書「死ぬときに後悔すること25(大津秀一/新潮文庫)」です。

死ぬときに後悔すること25

やはり、ほとんどの人が亡くなるときに後悔するようです。そして「死ぬときに後悔すること25」で紹介されている25種類の後悔することを2つにわけると、圧倒的に多かったのはやってしまった後悔ではなく、やらなかった方の後悔でした。

「記憶に残る恋愛をしなかったこと」に、なるほどなぁということが書いてありました。

毎日楽しかった恋愛が記憶に残らず、現在進行形の頃には楽しいと思えなかった苦しい恋愛が最後の支えになるとは、実に興味深いところである。そのように考えると、最期の時間というのは、全ての人に敗者復活のようにさえ見える大逆転を可能にしてくれるものなのかもしれないと思ったりする。

死ぬときに後悔すること25

恋愛を例に書いてますが、もちろんそれだけじゃないですよね。順風満帆の人生よりも、山あり谷ありの人生だったり、むしろ谷ばかりと思えるような人生の方が死を前にしたときは大逆転を可能にしてくれるというのが面白いし、救われる思いがします。

また「愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと」にとても興味深いことが書いてありました。感動的なラストというのはテレビドラマとは違って現実には期待できそうもありません。

言うまでもなく、死が迫っているにもかかわらず、きちんと話ができる人はごく僅かである。ドラマのように最期の瞬間まで話ができるのは、幻想なのである。

死ぬときに後悔すること25

また25項目の中に入ってはいませんが、親より先に死ぬこと。は確実に後悔するだろうと思いました。これは自分が親になってよくわかりました。 忙しさを言い訳にしないでまめに時間を作って親に連絡を取ろうと思います。 普段から感謝の気持ちを伝えることはもちろん、エンディングノートなどでメッセージを残しておくことも意味があると思います。

できるだけ後悔を少なくする秘訣

いつ死ぬのか?は誰にもわかりません。

普段からそれなりに心構えができていて毎日を後悔のないような気持ちで過ごすことができれば、もしものときがきても後悔は少ないんじゃないかと思います。もちろん先のことばかり考えすぎて今を楽しめないのは論外です。

死ぬときに後悔することのほとんどがやらなかったこと。さらに、やらなかったら成功も失敗もない上に最期の時間の大逆転もない。そこまで言われると死ぬときに後悔したくなかったら、失敗しようがどんどんやらなくちゃだめだってことですね。やってしまった後悔はいつか笑い飛ばせる日がくると思うし、必ずや人生の肥やしになると僕は思います(思いたいです)。

後悔のないように生きるには後悔しそうなことを普段から明確にしておく必要があります。死ぬまでにやっておきたいこと、何ができないままだと後悔しそうなのか?気になっていることを具体的に書き出してみましょう。

  • 後悔しそうなことをすべて書き出す
  • やっておきたいことをすべて書き出す

ステップ2|人生の優先順位(目標)を決める

勇気を持ってやりたいことを手放そう

後悔しそうなことや死ぬまでにやりたいことは書き出すといっぱい出てくると思います。たぶんきりがないでしょう。あれもこれもとやりたいことが多いと、できないことが増えるので結果として後悔が増えるおそれもあります。

要らない物や今の自分に必要なくなった物をメルカリで手放すように、やりたいことの中でも優先順位が低いことは手放してしまった方が良さそうです。

でもこの手放すことが難しいわけです。誰しも経験があると思いますが、一度身についた生活スタイル・考え方はそう簡単にはかえられません。僕はやらないといけないと思っていたことが出来ていなくて、それがストレスになっていました。

なんとなくではなく客観的・具体的に把握しようと思い、普段やっていること、やらないといけない(と思い込んでいる)ことをリストにして、毎日チェックしてみました。すると、あれもこれも全然できていない(苦笑)。

それを冷静になってあらためて見てみると、できていないことはそもそも優先順位が高くないことなんですよね。そこで、まったくできていないことは思い切ってやめることにしました。すると生活は自然とシンプルになっていきました。

ヒントは「衝撃体験」にあり

手放すもの・残すものを仕分けするときに、なにか基準がないと迷ってしまって決められません。僕は棺桶の中で焦ったのと同じタイミングで、これまでの人生を2つの視点からじっくりと振り返る機会があり、優先順位を決めるきっかけになりました。

  • ①冷静に客観的に振り返る
  • ②徹底的に主観で振り返る

【人生の優先順位】

  • ①家族との時間を大切にする
  • ②わくわくできる挑戦をする

①はエンディングノートがきっかけで昔のアルバムを見ながら両親から僕が生まれたばかりの頃の話を聞くことができました。そのときにまったく知らなかった事実を知り思い出を正しく認識することができました。子供の頃の寂しかった気持ちが少なからず優先順位に関係しているのは間違いありません。

②はセミナー作りの講座に参加して「人生曲線」というものに出会います。何度も何度も人生曲線を描いている中で人生の優先順位を決めるためのヒントを見つけることができました。

優先順位を決めることになった2つのエピソードはステップ2の最後にまとめています。

さらっと振り返ったところで後悔少なく生きるためのヒントは見つかりません。かといって闇雲に時間を掛ければいいかというとそんなことはありません。過去のどんなできごとを深掘りするのがいいでしょう?

  • 成功体験
  • 充実していたとき

こういったプラスのできごとを再現できる要素が見つかれば同じように後悔少なく過ごすことができそうです。一方で失敗や壁にぶち当たっていたときのようなマイナスのできごとは、僕の経験上、後悔少なく生きるためのヒントが詰まっているので深掘りする価値があります。

  • 失敗体験
  • 壁にぶち当たっていたとき

衝撃体験と感じるようなマイナスのできごとも視点を変えることでまったく違ったものに見えるかもしれません。

また時間やお金を使って人生を捧げていたようなことを深掘りされることをおすすめします。

  • 一番時間を使って取り組んだこと
  • 一番お金を使ったこと etc

過去にヒントなんてないから後悔しないためにやりたいことを見つけようという考えも理解できますが、全く新しいことに目を向けてもよくわからないと思います。仮に見つかってそれを達成できてもやっぱり違ったとなるのが落ちかもしれません。だって経験したことがないものは、いわゆる自分探しと同じです。

過去から掘り起こしたヒント|本当はおばちゃん子じゃなかった。

両親からはじめて聞いた僕の子供の頃の話をきっかけに両親に抱いていた「わだかまり」がすっきりしました。過去の出来事を正しく認識できたことで後悔少なく生きるための優先順位を決める上で大きな転機になりました。大げさに聞こえるかもしれませんが、僕の中では生き方を変える大きなヒントが見つかりました。

過去を客観的に振り返る

後悔少なく生きるヒントを見つけるために2つのアプローチでこれまでの半生を振り返りましょう。その中の1つ客観的に振り返る方法をご紹介します。

  • 昔のアルバムを見る
  • 家族(親)から話を聞く

半生なんて言われても昔のことでなかなか思い出せないという方は昔のアルバムを引っ張り出してみましょう。忘れていた様々な記憶が思い出されて振り返るペースが上がります。

ある年の年末にエンディングノートを両親に一冊ずつ渡して、エンディングノートの書き方について喋っていたら僕の子供の頃の話になりました。小学生くらいまでよく遊んだ空地の話から、実家のすぐそばの十字路で交通事故にあった話などなど。そして昔のアルバムを見ながら両親から聞いたのは、40年近く生きてきて初めて聞く内容でした。

僕は冷めているのか?はじめて聞く子供の頃の話

息子達を見ていると何をするにも母親じゃないと駄目みたいで「お母さんがいい~」と泣いているのを、お父さんじゃ駄目なのか?と僕はずっと冷めた眼で見てました。

音楽であるでしょ、お母さん賛歌。ああいうのは海外ならではの感覚なのかなと思っていたけど、日本でもというか我が子もそうなんだと軽く衝撃を受けていました。子供にとって母親の存在が特別ということは頭ではわかっているんですよ。でも自分にはそこまでの思いはないなぁと思ってて。もちろん、両親と仲が悪いというわけじゃないんです。

これは1歳頃の僕が祖父におんぶされている写真です。

祖父におんぶされて
祖父におんぶされている僕

大正生まれの男性が孫をおんぶしている写真なので、建替え中の実家の前でレアなシーンをカメラに収めた特別な一枚だとずっと思っていましたが、違っていました。まったく知らなかったのですが特別どころか実はこれが僕と祖父の日常でした。

昔からことあるごとに「お前はじいちゃんとばあちゃんに育ててもらったんだから」と、両親から言われて育ってきました。うちは両親とも働いていたので、幼稚園や小学生の頃は朝の支度や家に帰ってからは亡き祖父母に面倒をみてもらっていました。

とはいえ、祖父母を敬う気持ちを持つようにという親心で育ててもらったという表現をしているんだろうと思っていたけど、まさにその言葉通り。聞けば、両親の仕事の関係で生まれて2ヶ月後には両親と離れて祖父母の家で暮らしていたようです。

7ヶ月後、母が近くで暮らすようになってからは、夜は母と過ごすようになったけれど、昼は幼稚園に行くまでずっと祖父母に面倒をみてもらっていたらしい。仕事で母の帰りが遅くなると「湯冷めすると悪いから連れて行ぐなと、そのまま祖父母が夜も面倒をみてくれたことも多かったようです。

両親が働いていたけど寂しい思いをした記憶はひとつもないので、祖父母に感謝していましたが、そんな小さい頃から面倒をみてもらっていたとは。両親の言葉に偽りはなく、僕は祖父母に育ててもらいました。知らなかったとはいえ、もう感謝の気持ちを伝えることができないのが残念です。

祖母が焼かれている釜の前から離れられなくて、自分でもなんで離れられないのか?わからなかったけど両親の話を聞いて納得しました。もちろん2歳までの記憶はありませんが、僕にとって祖母こそがお母さんだったときがあったからだと思います。

祖母と
祖母によく遊びに連れて行ってもらいました。

自分のことをいわゆる「おばあちゃん子」だと思って生きてきました。でもそれは間違った思い込みで、祖母に抱いていたのはいわゆる母親に対する想いに近かったことがわかりました。自分は親との関係で冷めているのかなと思っていたけど、母も僕を抱っこした記憶がほとんどないって言っていたので両親に対する距離感が一般的な感覚から少しずれているのはしょうがないよなと思えて、すっきりしました。

この話を聞いたら両親に対するわだかまりはすっきりとなくなりました。わだかまりの原因は僕が子供の頃の様子を知らなかったことによるもので、自分ひとりで勝手にわだかまっていたというわけです(苦笑)

ずっともやもやしていたところから、こういう心境にたどり着けたのはある意味エンディングノートのおかげです。僕がエンディングノートを書くことや過去を振り返ることをすすめているのは、これが原体験になっています。

常識は疑ってみた方が良さそうだ。

このとき以来、実家に帰るとなんとなく昔話になることが多くて、僕が幼稚園に行き始めた時の様子もわかりました。

「来年の4月から幼稚園に来てください」という手紙が誕生日頃に僕宛に届いたそうです。はじめて自分に手紙が来たことが嬉しくて、来年まで待てずに9月から幼稚園に行き始めたというのが最初でした。

これにはぼんやりと思い当たることがあります。祖父母と家にいるのはやっぱりつまんなかったんだと思います。近所の子は保育園に行って遊ぶ友達もいなかったし、申し訳ないけど年寄りの遊びはつまんないでしょ。本当は親と居たかったのか?それは無理だと納得していたのか?そんなことはわかりませんが、やりたいと思ったら行動するのは昔からなのかもしれません(笑)

フライングで幼稚園へ
フライングで幼稚園に行っていた頃

そして、自分が常識だと思ってきたことは祖父母から受けた影響によるところが大きいと考えるようになりました。戦争を体験した世代の祖父母に育ててもらったので仕方がないのかもしれませんが、遊びや楽しむことは悪(に近い)と考えるような教育・しつけを受けてきたように思います。

だから、子供の頃に聞かされてきた話や教えに対する反発心も芽生えてきました。そして、楽しいこと・好きなことを追求する生き方自体はおかしくないし、僕がしてもまったくおかしくないと思うようになりました。

両親に対してわだかまりや微妙な感情は一切ありませんが、子供の頃に寂しい思いをしていたことは事実だと思うし、それは変わりません。だからできる限り子供の保育園の送り迎えをしたり、週末はキャンプを中心に子供を連れまわしているのは、自分がしてもらえなかったことをやっているのかな?と思っています。

長男を自転車に乗せて
長男を保育園に送る朝、二人とも若い(笑)

子供の頃の話を聞いてなかったらどっちもやってなかったでしょう。それが今では家族で100泊以上キャンプに行ってるんだから両親から聞いた話は生き方が変わる位の衝撃体験だったと思っています。

  • 【人生の優先順位】家族との時間を大切にする

両親からはじめて聞いた子供の頃の話をきっかけに思い出を正しく理解して過去を再定義できたことは、後悔少なく生きるための人生の優先順位を決める上で大きな転機になりました。過去の出来事にはこれからを生きるヒントが詰まっている!と僕は確信しました。

過去から掘り起こしたヒント|あの1年は無駄じゃなかった。

住宅ローンを抱えていたのに会社を辞めて司法書士試験に挑戦しました。すべてを試験勉強に捧げたのに合格できなかった1年目は30代の大事な時間を無駄にしてしまったと悔やみましたが、常識的な価値観を取っ払って徹底的に主観で考えてみたら不合格という事実は何も変わらないのに、あの1年は無駄じゃなかったと思えるようになりました。

とことん主観で振り返ってみる

後悔少なく生きるヒントを見つけるために2つのアプローチでこれまでの半生を振り返りましょう。その中の1つ主観で振り返るためには「人生曲線」を描くことをおすすめします。

人生曲線の描き方は他の記事や書籍に譲りますが主観で振り返るための重要なポイントについて触れておきます。この主観でというのは簡単なようで意外と難しい考え方です。ある本でこれはわかりやすいなぁと思った例えがあるので紹介します。

「高校時代は野球部で甲子園に出場した」

これだけ聞くと高校時代の幸福度は高そうですが、甲子園に行くことはできたけど、自分は補欠で悔しい思いをしたということなら幸福度を低いと捉えることも構いません。一般的・常識的な価値観は一度横に置いて、自分の判断基準で感じたままに幸福度・充実度を描くのが人生曲線の主観的な描き方です。

他人の価値観なんかはくそくらえ!と徹底的に主観で振り返ったことで、僕の救いのない失敗は欠かせない経験に変わりました。

思い出したくもない不合格

試験勉強に使っていたテキスト

受かる保証もないのによくやるわ。仕事もしないで司法書士試験の勉強の日々をこういう目で見ていた人も多かったと思います。

半生を振り返ったときに忘れられないできごとの1つは、会社を辞めて挑戦した司法書士試験に失敗したことです。

住宅ローンを抱えていたのに無職で試験勉強に専念しているときだったので不合格を突きつけられたときは相当きつかったです。

退路を断って挑戦したところで合格できなければまったく評価されませんし、毎日12時間以上勉強だけで頑張ったところで常識的な価値基準の元ではそんなことはどうでもいいことなんです。不合格という現実が大きすぎて他の面にはまったく意識が向きませんでした。

  • 成功≫失敗
  • 合格≫不合格
  • 会社員≫無職
  • 受験生≫ニート

受講したセミナーで人生曲線を描いたり、主宰するセミナーで人生曲線を描いてもらうワークを何度もやってきました。過去の出来事から衝撃体験を掘り起こすために、できるだけ山や谷のような曲線で描いてくださいと伝えているに「自分の人生はずっと幸せです。いつも充実しています。」と充実度が高い位置に横一本の直線を描いていたAさんという人がいました。

とは言っても絶対にいろいろあったでしょう?と勘ぐってしまったのですが、人生曲線は過去のできごとを自分がどう思うかの問題なのでずっと直線というのもあるのかもしれない。こう思えたことが自分主体の「主観」についてフォーカスするきっかけになりました。

僕が描いた人生曲線は20代半ばに1つのピークありますが、これは希望する会社に入社出来て希望に満ちていた頃です。20代半ばをピークにそこから数年で一気にどん底まで落ちていきます。

僕が描いた人生曲線

人生リセットというのは司法書士試験に挑戦するために会社を辞めたときです。会社を辞めてからは毎日12時間以上勉強だけの毎日、そして住宅ローンを抱えていたのに不合格です。さらに深く落ちていきそうなものですが、一気に回復しています。

また20代の充実度のピークから谷底に落ちていくときに良い面はなかったのかと言えばそんなことはありません。結婚やマンション購入といった人生の大きなイベントを経験したのもこの時期でした。人生曲線にプライベートのことがほとんど現れてないことに気づいて幸福度・充実度の基準が「仕事だけ」だったことを自覚することができました。

会社を辞めて司法書士試験に挑戦したとき、司法書士として独立するときも優先していたのは仕事のことです。仕事を優先するのは当たり前のことかもしれませんが、突き詰めていくといい年をした大人が仕事をしていないのはおかしいといった常識に縛られていたからだと思います。

いま思うのは当時は仕事というものに対して視野が極端に狭くなっていました。こうじゃないとダメだという偏った思い込みが凄かったです。遊びや趣味も大切にしてきたつもりが、実際には仕事だけで幸福度・充実度を判断していたというわけです。

そこで仕事や収入、成果や成績といった常識的な価値観を一度取っ払って、徹底的に主観で考えてみました。そうするとこんなキーワードが浮かんできました。

  • 集中・夢中
  • 本気・情熱
  • 挑戦・逆転

いつしか不合格という事実は何も変わらないのに会社を辞めて司法書士試験に挑戦したこと、勉強漬けだった1年間をこう思えるようになりました。

  • 人生を変えようと飛び込んだわくわくできる挑戦
  • 自分で決めた目標に向かって取り組んで充実した時間

合格できなかった年は30代最初の貴重な1年間を無駄にしたと悔やんでいましたが、Aさんの自分主体の考え方に触れて、常識的にはそうだけどあの1年は無駄じゃなかったし、むしろ充実していた時間だと思えるようになりました。人生リセットから一気に回復している人生曲線を描けたのにはこんな理由がありました。

誰かの価値観で生きていないか?

自分の頭で考えた価値観を持ち、それを基準に人生を生きる(時間を使う)ことができていますか?僕はできていませんでした。いや、少しはできているつもりでしたが、実際は常識や周りの環境に縛られた自分がない価値観しか持っていませんでした。

  • 資格を取ればなんとかなる
  • 難しい試験に合格できれば人生が好転する

恥ずかしながら僕は30歳で会社を辞めるときも、司法書士として独立するときも、一般的に良いと言われている方を選んでなんとなく生きてきました。いま思えば、これっていう自分がなかったわけです。司法書士試験に挑戦するために住宅ローンがあったのに会社を辞めたりと道のりはハードでしたが、どこかふわっとした気持ちのままで人生を歩んできました。

「高級車に憧れる人は無人島でも高級車に乗りたいだろうか?その憧れは他人の目があるからこそ湧いてくるものじゃないだろうか?」人生の先輩から放たれたこの問いを時々思い出して自分の価値観について考えることがあります。

この問いから僕がイメージしたのは沖縄の離島のような雰囲気の無人島です。無人島でも高級車に乗りたい人はそれでOK、誰も見てないし誰にも頼れない無人島なら荷物を載せやすい軽トラの方がいいと思うならそれもOK。

まわりの目を気にするよりも自分が納得できるかどうかが大切だということ。自分の人生の優先順位を考えるときに他人の目を気にすることは意味がないということに気がつくことができました。当然ですが結果的に選んだ優先順位が常識的なものだったり、世間体を気にしたようなものでもそれはそれで正解だと思います。

無人島の問いからさらに進んで、いざ死に直面して自分の人生の結末について考えようというときに、はたして常識や世間体を気にするでしょうか?

おそらく、そんなものはまったく気にならないと思います。なりふり構わずというのが本当じゃないでしょうか?必要なのは一般論ではなく自分の価値観だけです。

リスクがあっても挑戦したかった。一見すると無謀に思える挑戦でも残された時間がわかっていたら挑戦したのにと思うこともあると思います。普段ともしものときでは同じことでも感じ方はまったく違うんだろうと思います。だから本当のところは棺桶に入る段になってみないとわからないものなのかもしれません。

恥ずかしい話ですが、自分が後悔するか?しないか?というジャッジに他人や世間がどう思うのかを気にするのはまったく無意味だということにようやく気がつきました。

リスクを冒してまでチャレンジなんてしない方が、安定を望んだ方が、一般的にはベターなんじゃないですか?

挫折ばかりで不安定な毎日よりも安定している方がいいと僕も思っています。そうなんですけど、脱サラをして司法書士試験に挑戦したことは不合格も経験しましたが、会社にしがみついてくすぶっているよりはよっぽど輝いている時間・経験だと思えるようになりました。こういうものの見方ができるようになったのには、主観で考えることともう1つ理由があります。

それは、何かを成し遂げようとすると時間が掛かるという本質的なことに気づいたからです。1万時間の法則というものを知り、あの1年間は司法書士試験の勉強を1万時間まで積み上げるために必要不可欠な時間だったと自分を納得させることができて僕は救われました。

どんな分野でも1万時間程度継続して練習すれば、その分野のプロになれるという経験則のこと。

1万時間の法則

司法書士試験で合格するための1つの目安と言われる3,000時間の勉強で合格できる人がいるのも事実ですが、それはそういう人もいるということであって、みんながサクサクと合格できたら予備校はつぶれますよね。司法書士試験を通して得た「主観で考えること」と「成し遂げようとすると時間が掛かること」の2つの気づきは僕の中では価値観が180度変わるくらいの大発見で、ぼんやりしていた人生の優先順位がはっきりしました。

  • 【人生の優先順位】わくわくできる挑戦をする

人生の汚点とも思える失敗も視点を変えると、まるできらきらと輝いている時間のように、まったく違ったものに見えてくるかもしれません。過去には後悔なく生きるためのヒントが詰まっていました。まがりなりにも人生の優先順位を決めることができたのは、時間をかけて真剣に過去の出来事を掘り起こした結果です。

ステップ3|優先順位(目標)に従って行動する

後悔を減らすには行動力が必要

やらないと後悔することがわかっているのに一歩も前に進めなかったら確実に後悔します。だからやりたいことは明確なのに、少しもできていないとしたら行動量が足りていないのかもしれません。

普段からフットワークは軽くすぐに動けるようにしておくことが大切です。また大きな目標なら細分化して小さく刻んで少しずつクリアできるような工夫が要ります。

もちろん行動したところで思い通りにいかないことがあることもよくわかっています。よく動く人の方が思い通りにいかない経験を多くしているように思います。

世間一般に重視されているのは結果でしょう。結果が全てという世界があるのも間違いありません。でも自分の人生を後悔なく生きることを前提に考えると結果が全てではないですよね。もしそうなら勝ち続けることができる人以外は後悔ばかりの人生になってしまいます。

思い通りにならないことがあっても優先順位が高いものに時間やお金、そして気持ちを使って過ごすことができたら後悔は少ないだろうと想像できます。

優先順位に従って行動する

家族よりも仕事、飲みに行くのも仕事、サラリーマンから自営業になってからは特に安定した経営・仕事を目指していわゆる常識的な価値観で物事を判断して生きてきましたが、自分の半生を振り返ってみて後悔少なく生きるために優先したいと思ったのはこの2つでした。

  • ①家族と過ごす時間を作ること
  • ②わくわくできる挑戦をすること

優先したいものは常に変化していくと思うので暫定的ですが、現在はこれです。

家族と過ごす時間というのは次男を保育園に送っていくことだったり、長男の自転車の練習に付き合ったり、週末に家族でキャンプに出掛けたりといったごくごくありふれた日常です。子供達と密に一緒に過ごせるのは、ふたりが小学生までだろうと思うのであくまでも現在の優先順位です。

関連|週末バンライフという生き方

ワクワクできる挑戦というのは漠然としていてイメージしにくいかもしれませんが、泡盛マイスター(泡盛版ソムリエ)として泡盛を盛り上げる活動をすることが今は中心になっています。大阪から泡盛を盛り上げたい!と誰に頼まれたわけじゃないのに司法書士の僕が泡盛関連の活動を喜々としてやっているのは僕がわくわくできるからです。

10年前はカネなし・コネなし・泡盛好きの友達さえも皆無でしたが、泡盛にハマって1万時間以上やり続けたら想像もしていなかった面白いことが起きました。関連|ど素人の泡盛好きが1万時間以上やり続けたら面白いことが起きた

1万時間も使ってこんなものか?という感想もあるでしょう(苦笑)。でも、できる限り理想と現実のギャップを埋めようとしている手応えはあります。ときにそのギャップが大きくなるのもまた人生だと思います。

「もし明日死んでも後悔しないか?」と問われると後悔しないとは言えません。言えませんが、後悔が少なくなるように最適化できつつあるので以前に比べたら後悔は少ないだろうと思っています。

人生の残り時間を意識すること

セミナーコンテストというイベントでタイムキーパーを担当したことがあります。ご存じない方のために、セミナーコンテスト(通称セミコン)とは7名の出場者が自らの体験をもとにオリジナルセミナーを作り、1人10分で発表して順位を競うイベントです。詳細はこちら

セミナーコンテスト

挑戦者全員に平等に与えられているのが10分間という持ち時間です。

  • 5分前
  • 1分前
  • 終了

この3回のタイミングで挑戦者に残り時間をこのカードで知らせるのがタイムキーパーの役割です。

残り時間を知らせる3枚のカード

タイムキーパーが知らせる残り時間は重要なので出し忘れや出し間違いといったミスは絶対に許されません。僕もセミコンに挑戦したことがあるのでよく分かります。ミスなくできて当然なのがタイムキーパーの役割です。関連|「セミコングランプリをゴールにしない」を単なる言い訳にしたくなかった僕の6年間戦争

と、タイムキーパーの大変さアピールはこの辺にして(苦笑)、出場者の10分間の使い方を拝見していると実に様々。

  • 時間を2分以上残して終わる方
  • 余裕を持って1分前に終わる方
  • こちらがドキドキしてしまうぐらいギリギリに終わる方
  • 残念ながらタイムオーバーしてしまう方

練習と本番の時間の流れは全く違うものに感じるので、本番ではどちらかのパターンが多いと思います。言い換えると何度も何度も練習を繰り返しても本番で練習どおりの時間の使い方ができた方は少ないように感じます。

  • 何度繰り返しても練習では10分に収まらなかったのに本番では9分45秒ぐらいでいい感じに終われた
  • 練習では8分台だったのに本番ではギリギリ10分近く使ってしまった

そして、セミナーコンテストには地方大会を勝ち抜いた7名が戦う最終決戦の場、グランプリ大会があります。グランプリ大会まで勝ち上がってこられた方の本番での時間の使い方には本当に感心させられました。使った時間は9分から9分59秒まで、7名全員が残り時間をきっちり1分以内に収めていました。

優勝されたSさんと懇親会でお話した時に「残り45秒くらいでしたか?」と聞かれたときはぴったりすぎて驚きました。優勝できる人は、今回は何分何秒くらいかが体感できるくらいまで繰り返し練習をされているんでしょうね。

もちろん本番での時間の使い方だけでなく、最後の最後まで時間をどう使って準備をしてきたのかがグランプリ大会の結果を左右していることは想像に難くありません。そこまでやらないと到底優勝なんてできない。改めてグランプリ大会のレベルの違いというものを思い知らされました。

最初から分かっている10分間、平等に与えられている10分間でも使い方に大きな差が出ます。これが残り時間が分からなければ、最後まで有効に使うことができる人はほとんどいないかもしれませんね。これは何もセミコンに限った話ではなく、人生もまた同じ。

タイムキーパーは地味です。地味な仕事なのに失敗が許されません。僕がスタッフの中でタイムキーパーを担当することになった時は正直なところ「なんで?」と思いましたが、終わってみれば多くの出場者の10分間の使い方を間近で見ることで後悔の少ない人生を過ごす上でこの2つの大切さを再認識する絶好の機会になりました。

  • 人生の残り時間を意識すること
  • 与えられた時間の使い方を決めておくこと

究極はもしものときも変わらないこと

もし残された人生が半年だとわかったとしてその半年でどうしてもやりたいことに、普段の生活でどのくらい時間やお金、そして気持ちを使うことができているでしょうか?

どれもドラマなどで目にしたことがあると思いますが、世間一般に余命宣告を受けたときにやりたいと言われていることってありますよね。

  • 家族とゆっくり過ごしたい
  • 海外で暮らしたい
  • 〇〇さんにもう一度会いたい
  • 全財産を使って贅沢の限りを尽くしたい etc

こういうときに思い浮かぶのは普段はできないこと、非日常のことが多いのかな?と思いますが、僕はこういうのがどうもしっくりきませんでした。死に直面したときにどうしてもやりたいことがあるなら、余命を宣告されるまで先延ばしにしておくことにとても違和感を感じました。

それに、余命がわかる最期ばかりじゃないし普段から意識しておかないで急に慌てるようじゃ絶対に無理だと思います。後悔少なく生きるためにはやりたいことは非日常にあるのではなく、日常や日常の少し先にあるように変えていく努力や行動をしないと絶対に叶わないと思いました。

だから、超活用編の3つのステップを経て見つかった優先順位や目標、成し遂げたいことは普段の生活や日常の少し先にあるべきです。ぴったりじゃなくてもいいので普段から意識してそこにほんの少しでもかすらせていくような毎日を過ごすことがポイントだと思います。

残り時間が半年になっても特に焦らず普段と変わらない生活をすることができるのが、究極の後悔の少ない生き方だと僕は思っています。あれもやりたい・これもやりたいと、手に入れた傍から次から次に渇望するような毎日を過ごしている人もいるのかもしれませんが、普段から思考と行動はできるだけシンプルにしておく方が良さそうです。

結局のところ普段から納得感をもって毎日を過ごすことが一番後悔が少ない生き方だろうと思います。エンディングノートの使い方は自由です。後悔の少ない人生を過ごすためにエンディングノートを活用してみませんか?

エンディングノート作成のサポートを必要とされる方へ

エンディングノートを書きたいです。一人では難しいので手伝ってもらうことはできますか?

目的に適したエンディングノートが見つかればあとはご自身で書き進めていくだけですが、ひとりでは完成できるのか不安だという方もおられると思います。エンディングノートを目標設定に活用したいという方をサポートいたします。

後悔少なく生きるための目標設定サポート

本記事をお読みいただければエンディングノートを活用した目標設定のプロセスを理解していただけると思いますが、考え方やプロセスは理解はできたけどいざ言語化しようと思うと難しい、どう進めていけばわからないといったサポートを必要とされる方が対象です。

3回の個別相談(1回2時間)で伴走型で目標設定をサポートします。進捗を見ながらペースを上げることも可能ですが3ヶ月で完成を目指します。

エンディング(死)から生にフォーカスすることでこれからの人生を後悔少なく過ごすための目標や優先順位を決めていきます。3回の個別相談で3つのステップを1つずつ進めていきます。

  • ステップ1|死ぬときに後悔することを掘り起こす
  • ステップ2|人生の優先順位を決める
  • ステップ3|優先順位に従って行動する

ステップ1では死ぬときに後悔しそうなことを残らず書き出します。書ききれないほど出てくる人もいれば想像よりも出てこない人もいると思いますが、こうなったらサイコーと思えるような状態をイメージして100個書き出していきます。

100個書き出せたとしても優先すること・しないことを決めないと、できそうなことに手を出しただけで終わってしまうかもしれません。100個の後悔しそうなことを優先順位の高いものから並べたり、優先順位の低いものは手放したり。具体的になった後悔しそうなことにメリハリをつけるのがステップ2の役割です。

ステップ2では過去を主観的・客観的の2つの視点から振り返り優先順位を決めるためのヒントを掘り起こします。主観的なアプローチは人生曲線ではなく、個別相談の中でインタビュー形式で紐解いていきます。

現状の時間の使い方や生き方は長い時間をかけて最適化できていると思います。ということは無理やりというか意図的に変えようとしないとずっとそのままだと思います。ステップ3では優先順位に従って実際にどう動いていくのかを一緒に考えます。

もしもに備えるのその先、明日もしものときが来ても後悔ないように生きる。ここを目指してこれからの生き方について考えていきましょう。

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司法書士・行政書士 伊藤 薫

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