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長時間労働で死にかけた僕が司法書士になって泡盛を造りながら考えていること。

残業地獄から抜け出したくて独立開業できる資格、司法書士を目指したのは30歳のときでした。会社を辞めて2年半、死に物狂いで勉強してなんとか合格することができました。

世間では難関資格と言われていますが、待っていたのは明るい未来ではなく、独立直前に途方にくれるという哀れな現実。試験に合格さえすればあとはなんとかなると勘違いしていたので、選ばれるための準備はゼロ。そんな所からスタートしたこの10年は、残業地獄以上のハードワークの連続でした(苦笑)

そして、わかったこと。

  • 僕は司法書士として平凡すぎるということ
  • 他にも色々手を出してきたけど、どれもそこそこだということ

でも。そこそこの専門分野でも正しく掛け合わせることができれば、思わぬ相乗効果が生まれるということを実感しました。

それからもうひとつ。こういう軸ができたことで肩の力を抜いて楽に生きれるようになりました。

  • ①他人の価値観に惑わされることなく、自分の人生を生きる。
  • ②もしもの時が来ても後悔しないように、自分の好きを追求して生きる。

ある本から学んだ成熟社会を生き抜く方法を、独立してからの10年間で実践してみてわかったことをまとめました。

第1章 ヒントは衝撃体験にあり

長時間労働に耐えれなくて会社を辞めた僕は、残業という呪縛から逃れるため独立開業できる資格、司法書士を目指すことにしました。そして、いつしか難しい資格試験に合格さえできれば、それだけで道は開かれるという大きな勘違いをしてしまっていました。

✔資格があってもそれだけでは意味がない。

司法書士として選ばれるための努力をまったくしてこなかった自分の愚かさに気がついたのは、独立直前でした。。1日のほとんどの時間を勉強に費やして、何年もかけて死に物狂いで資格試験に挑戦した結果がこれかと思うと、現実を受け止められなくて吐きそうでした。

司法書士の資格があれば誰でも仕事にありつけたのは昔の話。考えてみれば当たり前なんですけど。そんな当たり前のことがわからなくなるくらいに、勉強漬けの2年半と合格率3%未満という高い壁は司法書士という資格の力を妄信してしまうには十分でした。。

1.1 幸せになるための正解はなくなった。

司法書士事務所の開業と時を同じくして出会った本で、社会のルールが変わっていることに気づかされます。

35歳の教科書・藤原和博
  • いい大学を出ただけでは幸せになれない
  • いい会社に入っただけでは幸せになれない

いつのまにか成長社会は成熟社会になっていて、幸せになるための正解なんていうものは既になくなっていたんです。だから探すべきは、正解ではなく納得解

「難しい資格に合格できれば道は開かれる」という考え方自体が成熟社会には、なじまないんですよね。時代に合わないそんな発想をしているから、うまくいかないんだと妙に納得できました(苦笑)

正解を探すことをやめて、自分の納得解を見つけることができなければ、幸せになることはできない。またしても残酷な現実を突きつけられました。

1.2 資格を取ることだけを目指していた時点で負け

新しい資格・スキルを手に入れるために資格試験や講座を受講するというのは、確かに資格や専門知識は手に入るかもしれないけれど、同じようにそれを手に入れた人と差別化ができなかったら意味がないことを、ここ数年で痛感しました。

受身過ぎると型にはまるというのか、その人が持っている個性を殺すことになりかねないので危険です。僕は司法書士試験を突破するために一生懸命勉強しました。なんとかして合格者のひとりに入りたくて、司法書士試験の合格者の基準を満たすべく、ひたすら受験マシーンと化していました。

そのために余計なものをそぎ落とすように、なんなら試験に集中するためにできるだけ没個性的に過ごしていました。そして運よく合格できましたが・・・合格さえすれば仕事がある、仕事は引く手あまたというのは愚かな幻想だったんですよね。

一緒に合格しようと昨日までは共に頑張ってきた仲間が合格と同時にライバルになる。合格したら今度は選ばれるための競争がスタートするんですよね。仕事は沢山あるから、とりあえず試験に合格さえすればなんとかなると思い込んでいたので、試験勉強中は合格することがすべてでした。

だから試験勉強しか知らない、まったくはじめての司法書士の世界で選んでもらうために

  • 個性を出せ!
  • 売りを作れ!

急にこんなことを言われても、いったいどうしたらいいんだろう?って感じ・・・。合格することだけを目指して頑張っていた時点で、既に勝負はついていたというわけです(苦笑)

資格を取ればそれでOKなんてものは現実にはひとつもなく、その他大勢の中から選ばれなければ、資格を取ろうが何も変わらない、使える武器にはならないことを思い知らされました。

1.3 諦めからの転機

とはいうものの。事務所も借りて独立開業しているので、後戻りも止まることもできません。一生懸命、選ばれるための努力をしてみても、なかなか結果には結びつかない日々。

大勢の司法書士の中から選んでもらえる誰にも負けない得意分野を果たして作れるのか?これはまったく手応えがありませんでした。司法書士のメインの業務は登記です。登記の仕事は誰がやっても同じ結果にならないとおかしい。基本的にはそういう仕事なんです。

結果が同じなら・・・

  • スピード?
  • 価格?
  • まごころ?

どこに向かって進めばいいのかわからず、途方にくれていたときです。平凡すぎる三流の司法書士の僕のために書かれているのか?と思わずにはいられない本と出会いました。

藤原和博の必ず食える1%の人になる方法

資格を取って得意分野を作って1番を目指すどころか、むしろ資格に重きをおかないような、かなり変わった戦い方が紹介されていました。誤解を恐れずに言えば、100人に1人程度のそこそこの専門分野を掛け合わせて、自分の価値を高めようというある意味生温さを感じてしまうような戦略です。

はじめのうちは、まともに受け止めることすらできませんでした。でも司法書士業務の中で専門分野を作ろうと頑張ってみても、思うような結果は得られません。

  • 独立開業できる資格!
  • 平均年収1,400万円!

という予備校にとって都合のよい情報を都合よく鵜呑みにして、司法書士という資格の力を妄信していた自分を軽蔑するようになりました。そして、いつしか資格に価値を感じなくなっていました。諦めのような気持ちも生まれていたし、どうせなら自分の好きなことを追求してみようという軽い気持ちがきっかけになって、ひとつの変化が生まれます。

第2章 ハイブリッドな生き方に手応えあり

諦めたときに何かがふっきれて、本業のことよりも泡盛好きを前面に出した結果、面白い変化が起きました。

名刺交換でも手応えを感じます。

ハイブリッドな名刺

ときに司法書士ということを忘れて、好きな泡盛をテーマにわくわくできる挑戦を1万時間以上続けた結果、こんなことが起きました。

  • 泡盛マイスターの全国大会で準優勝(沖縄及び北方対策担当大臣賞)
  • 「泡盛」の検索でブログが2位に(Google)
  • 百貨店の泡盛イベントに5年連続で出演
  • 泡盛ファンのコミュニティが970人
  • オリジナル泡盛を1100本販売
  • クラウドファンディングを3日で達成
  • ヤフーニュースに3回掲載

残業地獄から抜け出したい一心で、ごく普通の司法書士を目指していたはずが、いつの間にかちょっと変わった司法書士になってしまっていました(汗)

これだけにとどまらず。前面に出しているのは泡盛なのに、本業への相乗効果も起きたのです。

2.1 これって相乗効果なの?

泡盛をきっかけにつながった方から本業の司法書士のお仕事の依頼をいただくことが増えました。

その逆で登記のご依頼をいただいた方が泡盛を買ってくださったりということも。

もはや何屋なのかわかりません(苦笑)

一般的には、まったく異なる業種間では相乗効果とは言わないのかもしれません。でもなぜか起きているんです、ちょっと変わった相乗効果が。ハイブリッドな効果といった方がイメージしやすいのかもしれません。

これって間違いなく掛け合わせによる効果なんですよね。酒屋がオリジナル泡盛を造っても普通のことなのに、司法書士が酒販免許を取って泡盛を造ると、そこに普通ではないストーリーが生まれるからメディアでも取り上げてもらえる。いいか悪いか、好きか嫌いか、これは別の問題としても。

そこそこの専門分野、これだけではありふれたごく普通のことなのに、正しく掛け合わせれば、それが価値になる。「藤原和博の必ず食える1%の人になる方法」に書かれていた戦い方の本質を垣間見た気がしました。

ゴルフ好きの司法書士みたいなノリで、登山好きの司法書士やお酒好きの司法書士を目指そうとか、掛け合わせの本質を勘違いしていた時期もありました。自営業は外で飲むことも仕事だなんて嘯いて、飲みに出かける日が多かった頃です。

お酒好きの○○なんていう人はいっぱいいるので、差別化するのは難しい上に、飲み屋で酔った勢いでつながった人とは、その場ではすごく盛り上がったとしても、それっきりになることも多いのにね(苦笑)

とにかく何でも掛け合わせればいいってわけじゃない。そこそこの得意分野正しく掛け合わせて、はじめて価値になるんです。

第3章 続けた時間は裏切らない

3.1 働き方の転機は突然に

結婚して10年目に子供を授かりました。結婚3年目に僕が会社を辞めて司法書士試験に挑戦して生活が不安定だったので、タイミングも失ったんでしょうね。うちは子供が出来ないのかもしれないと半ば諦めていた頃もありました。

飲みに出かける日が多かったのは、相方も働いているディンクスなのでお互い気楽に過ごしていたというのも理由でした。子供ができるとそういうわけにもいかず、働き方・生活スタイルを変えなくてはいけなくなりました。それまでは異業種交流会や勉強会にかこつけて飲み歩いていましたが、それが仕事につながっていたことも事実です。

子供ができたことで夜出かけることをセーブしたら自営業として、これからどうやって戦っていけばいいんだろう?今となってはなんて大げさなと思いますが、当時は腕も足も、もがれてしまうような、身動きが取れなくなってしまう感覚に陥っていました。

夜は家にいる日が増えたので、何とか気持ちを切り替えて家でできることに集中することにしました。具体的にはブログでした。本業の相続業務について書いたり、泡盛のことを書いたり。きっかけは前向きとは程遠く仕方なくに近いものでしたが、それがそこそこの得意分野を作るのに必要となる泡盛の1万時間の練習につながります。

3.2 続けた時間は裏切らない

サラリーマンのときは月に100時間、150時間の残業は普通。辞める直前は200時間オーバーという長時間労働が当たり前の職場でした。このまま会社に居たらすべてがおかしくなりそうだったので、傷が浅いうちに踏ん切りをつけました。

知識ゼロの状態から勉強をはじめて、なんとか2回目の挑戦で司法書士試験に合格することができましたが、数えてみたら司法書士試験の合格ラインといわれている勉強時間3000時間の3倍以上の1万時間も試験勉強に費やしていました。

何年もかけて1万時間という途方もない時間を費やして司法書士になれたけど、それがこのざまかと、どうしようもない焦燥感にかられる日もありました。かといって諦めることはできないので行政書士に挑戦してみたり。英語の勉強をしてみたり。いろいろ手を出して必死でもがいていました。

そんなときに気がついたんです。司法書士試験は1度落ちたけど、司法書士に合格した後に挑戦した試験はすべて1回で合格できている。しかも、僕だけじゃなくて僕が試験対策をアドバイスした人は、みんな合格できている。

気づいてしまったんですよね~(^^)v

司法書士試験の勉強に1万時間以上かけたことは、資格が取れたわけだからもちろん無駄じゃないんですけど、もう少し広い視点でみると効率的な勉強法も身についたことに気がつきました。

【1万時間の法則】「どんな分野でも1万時間程度継続して練習すれば、その分野のプロになれる」という経験則のこと。

このことは、1万時間の法則の効果を実感させてくれたのと同時に、こんな示唆を与えてくれました。

1万時間にたどり着くのに

  • A|1日3時間で10年間かけるのか?
  • B|1日10時間で3年で達成するのか?

Bの方が効率的なのは資格試験に限らず明らかですよね。それ故に目指そうとすれば無理をすることになりますが、戦略的に1万時間を積み上げていくことの重要性について考えさせられました。

さらに。ひとつのテーマで1万時間の練習を続けるなら、得意なこと・好きなことの方が向いていると思いますが、僕はサラリーマン時代に仕事柄取らなくてはいけなかった資格試験に5回落ち続けました。

ちなみにその資格は技術士補(建設部門)という資格です。※技術士補は現在は技術士第一次試験といわれています

その後、司法書士試験を目指すまでに

  • 簿記3級 不合格
  • 簿記2級 テキストを買って満足してそのまま

というお恥ずかしい戦歴を持っています(苦笑)。ということで、資格試験がまったく得意じゃなかった僕が2回の挑戦で司法書士試験に合格できたことで、1万時間の法則は好きどころか苦手なことにも効果があることを身をもって体験することができました。

第4章 自分の人生を生きる

司法書士事務所を開業して4年目のことです。ブログの勉強会で知り合った方からセミナー講師の甲子園、セミナーコンテスト(通称:セミコン)に誘われます。

セミナーがそこそこ出来るようになったら仕事をする上で強みになるよなと、うっすら考えていたこともあって気がついたら出場していました。

変にノリが良い(苦笑)

地方大会はいわゆる終活としてのエンディングノートで勝負。そして敗者復活戦までにエンディングノートを深堀り。掘って掘って掘りまくった結果、シンプルな答えにたどり着きました。

エンディングノートは、もしものときに向き合い、後悔のないように、これからの生き方を考えるもの。

だったら書くのに年齢は関係ないし、人生の折り返し地点である40代はエンディングノートを書くのに相応しいタイミングだと気づきました。オリジナルのエンディングノートを使って目標を設定するセミナーを取材していただいたこともありました。

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エンディングノート式目標設定の技術

エンディングノートを書くことで、普段は考えないもしものとき人生の残り時間に思いを馳せることができます。

だから、もしものときをありありとイメージすることが目的なら、エンディングノートよりも〇〇の方が確実なのでは??という仮説にもとづいて、こんなイベントを開催したこともあります。

入棺体験@最幸の人生を見つける旅

エンディングノートを書いたり、棺桶に入ったことで見つかった後悔のない人生を送るために僕が大事にしたいことは、

  • わくわくできる挑戦
  • 家族との時間

代表するものを挙げてみたらこの2つなんですが、一言でいうと「自分の人生を生きる」ということです。

4.1 他人の価値観じゃ満たされない。

話は司法書士試験の受験時代に戻ります。自分ではそうは思わなかったけど、傍から見たら相当過酷だったと思います。

  • お昼は素うどん一択!
  • 今では考えられないけど(苦笑)、お酒はほとんど飲まず
  • お金と時間を節約するために髪も自分でバリカンで切ってました(剃っていたというべき?)

試験勉強に明け暮れていた2年半は、一体何を楽しみに生きてたの?と思われそうですが、当時は無我夢中すぎて現実を悲観する暇はなかったし、他人と比較して悩むなんてこともなかったです。

バリバリ働いている元同僚もだし、受験時代の知り合いとも一切比べませんでした。あいつよりは成績が良いと思ったところで試験に落ちればどっちでもいいこと。合格だけが正義なんです。模試の成績に意味はありません。

そもそも、人生が充実しているかどうか?

なんて誰が決めるのか?決めるのは他人じゃない、自分にしか決めれないことなんですよね。他人から見れば・・・???かもしれませんが、自分で決めた目標に向かって必死だった2年半は最高に充実していました(今、思えばですが)。

結果はともかく、会社を辞めて司法書士試験に飛び込んだことは、人生を変えようと意気込んだわくわくできる挑戦でした。

4.2 これからを生きるヒントは過去にあり。

「家族との時間を大切にする」

こういうのは自分には全く似合わないことだと思って生きてきました。もしかすると、無意識のうちに「家族」というものを避けていたのかもしれません。

でも、自分に子供が生まれたことで避けることができなくなりました。

深掘りしてわかったエンディングノートを書くときに、欠かせないこと。それはこれまでの人生を振り返り、過去から衝撃体験を掘り起こすことです。僕の場合は知らなかった過去を知ることで、自分の生い立ちを正しく認識することができました。両親に代わり祖父母が愛情をもって厳しく育ててくれました。もちろん感謝しています。

でも当時の僕には楽しくなかったかもしれないと、思ってしまうエピソードがあります。

関連|過去から掘り起こしたヒント|本当はおばちゃん子じゃなかった。

現状を変えたかったら、とにかく一歩踏み出してみる。

こういう所は小さい頃から何も変わっていないと、気づかせてもらいました。「三つ子の魂百までも」この諺の意味を噛み締めています。

4.3 一般的な幸せは自分の幸せなのか?

成年後見人として関わっていた方が相次いで亡くなるのを目の当たりにして、体調を崩した時期と重なったこともあって死はずっと先にあるものではなく実はとても身近なものだということに気づかされます。

と同時に、漠然とした幸せ、多くの人が思い描くような一般的な幸せを自分の幸せと思いこんで生きているとしたら、それは果たしていいのか?とエンディングノートを深掘りしながら思うようになりました。

わかりやすい結果よりも、自分の価値観を優先して挑んだセミコンの敗者復活戦は案の定ふるわず、セミコングランプリを目指した挑戦は挫折を味わいましたが、泡盛のごとく数年の熟成期間を経て面白く変化しました。

関連|「セミコングランプリをゴールにしない」を言い訳にしたくなかった僕の6年間戦争

僕にとって自分の人生を生きることは、後悔のない人生を過ごすために、自分の好きを追求し続けることです。これに気づいて好きを極める挑戦が始まりました。

第5章 好きを極めるということ

30歳からの15年間を振り返ると司法書士の試験勉強と泡盛マイスターの活動、まったく異なる2つの分野で1万時間の法則の手応えを感じることができました。

【1万時間の法則】「どんな分野でも1万時間程度継続して練習すれば、その分野のプロになれる」という経験則のこと。

だけでなく、1万時間続けることの大変さを痛感しました。1万時間というのはあくまでも目安なので、どこをゴールにするのかは自分で決めなければいけません。

司法書士試験の場合は合格という、とてもわかり易いゴールがありましたが、合格への挑戦はかなり険しい道です。模擬試験の成績や試験の結果なんて自分ではほとんどコントロールできません。そんなものだけをゴールにしたのでは、はっきり言って身がもたない(苦笑)

そう考えると自分でコントロールできるのは、どれだけやるのか?勉強時間、時間だろうなと思います。何年間で1万時間を目指すのかも含めて自分で調整することができます。

一方の泡盛の場合、試験勉強とは違って1万時間だろうがいくらやっても飽きない僕的には楽しい時間です。でも司法書士試験の合格のような明確なゴールなんて具体的にありませんでした。

どちらの分野も1万時間続けることが大変なのは変わりませんが、大変さの質はだいぶ違います。

5.1 好きを極める方法はいろいろある。

はぁ~??司法書士のくせにオリジナル泡盛~?副業で泡盛造りかよ!なんて思っている人もいるんでしょうね。でも副業といえるほど儲かっていないし(単に僕にビジネスの才がないだけですが)。

  • 全種類の泡盛を飲む
  • 全種類の泡盛を集める

好きの極め方はこういう方向性もありますよね。自分のお店を持つという憧れだって、もちろんありますよ。

まあ自分の性格を考えると、全種類を目指してそこそこ集めてしまったらお店で出すのがもったいなくなりそうだし、そもそも全部集めるなんて無理だとすぐに諦めてしまいそう(笑)

そんな性格も手伝ってか、おこがましい話ですが(汗)、好きを極める手段のひとつとして自分だけの・自分にしかできないオリジナルの泡盛を造りたい!そう思ってしまいました。オリジナル泡盛造りは僕にとって好きを極める1つのアプローチでした。

関連|司法書士の僕がオリジナル泡盛を造ることになった理由

5.2 SNS時代の好きの極め方

手間もひまもたっぷりかけて、泡盛の分野にこれまで1万時間以上打ち込んできました。でも、まわりは遊び・趣味程度にしか見てくれないので、SNSで泡盛のことばかりを発信するのを

  • あの人はちゃんと仕事をしているのか?
  • あいつは泡盛ばっかりで大丈夫か?

そう思われないかと、びくびくしていた時期もありました(苦笑)

いくら泡盛が好きだといっても毒にも薬にもならないうちは、そんなもんなんですよね~。でも今は「発信しなければ存在しないのも同じ」と言われる時代。だから、僕が人知れず泡盛の活動をしていても、まわりからそう認識されていなければ、何も活動をしていないのと同じことかもしれません。

ということは発信の伴わない努力はかなり微妙です。微妙というよりも無意味かもしれない。

「〇〇さんといえば〇〇」 さらに、「〇〇を見ると〇〇さんを思い出す」

「伊藤さんといえば泡盛」 さらに、「泡盛を見ると伊藤さんを思い出す」

SNSがインフラになった時代においては、こういうことが好きを極めているかどうか?の客観的な指標になるんじゃないかと思います。

オリジナル泡盛第1弾

あいつは泡盛ばっかりで大丈夫か?と、SNSの投稿を通してまわりから認識されていないうちは、まだ好きを極めていることにならないと思うようになりました。

5.3 10000チャレンジで好きを極める

1つのことに1万時間以上打ち込むなんて・・・気が狂いそう。いくら好きなことだとしても、ずーっとモチベーションを保つのは大変なことです。しかも、それをひとりで続けるのは至難の技。

挫折は必須という感じ(苦笑)

だからこそ切磋琢磨できる仲間の存在が必要になるわけです。それに今は「発信しなければ存在しないのも同じ」なんてことを言われてしまう時代。黙々と淡々と、1万時間以上打ち込んだとしても望んだ結果が手に入る保証はないし、何も変わらないかもしれない。むしろ、変わらない可能性のほうが高い。。

ということは、時間だけを指標に頑張るのは危険極まりないわけです。

極めたいほどに好きなテーマがある人でも、ひとりで1万時間も練習を続けるのは無理だと思っている人が多いので、こんな解決策が閃きました。

ヒントはダイエット合宿をする番組。

時々やってますよね。ダイエット志願者を集めて厳しいメニューを課して追い込む企画です。はじめは真面目にダイエットに取り組んでいたのに、気がつけば夜中に合宿所を抜け出してラーメンを食べに行ったり、挑戦者同士のいざこざがあったり、そのうち脱落者が出たり。

ダイエットよりも本質的な何か、挑戦者が抱えている家族の問題とかが明らかになったりして、見出したらついつい引き込まれて最後まで見てしまうんですよね~。仕舞いには不覚にもほろりとさせられたり(苦笑)

挑戦そのものはもちろんですが、挑戦する人のそういった部分に魅せられて感情移入してしまって、まわりが応援してしまうような、そんな企画にできればと思っています。

1万回、1万人、1万食でも、なんでもOK!1万時間の法則をヒントに、1万時間に匹敵する目標を掲げて、好きを極めて自分だけの強みを作ろう!というコミュニティを作りました。

第6章 何に1万時間賭けてみる?

6.1 迷ったら好きなことでOK

1つの分野を極めて、ブランディングしたい!でも興味はあるのに「何をテーマにしよう?」ここで止まってしまう人が多いです。

  • 好きなものがわからない。
  • そこまでハマれるものがない。

本当にないのならマジかよ?って僕は思ってしまいそうですが、実際にはちゃんとあるのかもしれませんね。本当のところはこうなんじゃないかなと思ってしまいます。

  • 気がつかない振りをしているだけ?
  • もしかしたらかっこつけているだけ?
  • 人目を気にせず楽しめばいいのに?

1万時間を目指すかどうかはともかく、打ち込みたいと思えるものがないなら、少し本気で考えた方がいいと思いますね。テーマなんて仕事に関係なく「好きだから」これだけで決めるのがいいと思っているからで、誰でも好きなものくらいはあるでしょ?と思うからです。

それに好きなものを無理くり仕事につなげようとするのは、しんどいんじゃないかなと思っています。逆に儲かりそうかどうか?を基準に選んだものを、それを好きなものと自分に思い込ませて生きるなんてのは、結果が良かったらまだしも駄目だったら空しいじゃないですか。

だから、シンプルに好きなものにかけてみたらいいんじゃないかなと思います。賭けるのは人生じゃなくて、ほんの1万時間ですから。

6.2 週末バンライフという生き方

司法書士と泡盛の分野は1万時間以上の練習を積み上げて100人に1人の得意分野にすることができたと思えるようになったので、いよいよ3つ目の得意分野を育ててみようと思います。

3つ目のテーマはバンライフ

司法書士(試験)と泡盛は自分主体で選んだ分野・テーマしたが、3つ目は自分よりも家族、子供達を主体に選びました。とはいっても主体はあくまでも僕自身ですが、僕の想いとしては一旦自分のことは横に置いて、どんな分野に取り組もうか?を考えてみました。

で、出てきたのがバンライフです。子供達にしたら迷惑な話かもしれませんが、週末はバンを中心に子供達と思いっきり遊ぶことに決めました。理由は?と聞かれたら「子供が好きだから」というのはしっくりきません。あえて言うなら、自分ができなかった・してもらえなかったことを親として果たしたいのかもしれません。

年々記憶が薄れていくので、どこまでが事実でどこまでが僕の勘違いなのかわかりませんが、小さい頃に両親に遊んでもらった記憶が少ないんですよね。僕が小学生の頃は休みは日曜日しかなかったので、当時はどこの家でもそんな感じだったのかもしれませんけど。

45歳の僕がやるべきことは仕事なんでしょうけど、子供達と一緒に週末を過ごせるのはあと数年だろうと思うとやるなら今しかないと思っています。やりながらしっくりくるものが見つかればいいなぁとゆるくスタートしました。ようするに至る所にアソビのあるチャレンジということです。まだまだ漠然としていますが、週末バンライフのコンセプトはこんな感じです。

  • 子育て(親育て)
  • コミュニティ作り
  • 人生100年時代の生き方 etc

そもそもバンライフを極めるって?という手探り感は半端ありませんが、仲間作りや長い人生を生き抜くためのヒントが見つかればいいなぁと思いながら、まずは週末だけのバンライフ、兼業のバンライファーをとことん楽しんでみます。

うちの車はキャンピングカーではなく、おもいっきり中古のバンです。このままじゃ保育園に乗って行けないと、相方が嘆いていたので手始めに全塗装をしましたが・・・全塗装(オールペイント)が完了した翌日にあんなことが起きるなんて・・・週末だけとはいえ、我が家のバンライフは人生の縮図のようです(苦笑)

6.3 裏テーマは令和の働き方改革

ここ数年、選択と集中をテーマに生きてきましたが、コロナの影響を目の当りにして集中と同じくらい意図的に分散させることも大切だなと痛感しています。「分散」から考えていることはこんなことです。

  • 会社(職場)に通勤する必要があるのか?
  • テレワークじゃダメなのか?
  • 1つの仕事だけで大丈夫なのか?
  • 復業思考は要るんじゃないか? etc

僕は所謂、自営業・自由業ということになりますが、例えば、バンをベースに生活をして収入を得るとなると現時点ではちっともイメージが湧きません。。

その一方でAIに仕事を奪われると焦っていたりするのに、満員電車に揺られて職場に行くことを「仕事」だと考えるような思い込みは、一度捨ててみる必要があると思いました。キャンピングカーとテレワークは相性がいいとSNSで話題になってましたし、今になってせっせと言われている働き方改革とバンライフは関連する要素が多いと感じています。

巷では不便を楽しむのがキャンプだなんて言われてますが、普段の慌しい生活よりもキャンプの方がよっぽど健康的・人間的に思えるときだってあります。果たして置き換えがきくのかわかりませんが、僕のモットーは実践なのでバンライフをしながら司法書士・行政書士業、泡盛マイスター業(酒屋)を成立させることはできるのか?を模索してみようと思います。

先が見えない時代だけに常識を疑ってみるという感覚を大切にで週末バンライフという生き方を発信していきます。