過去から掘り起こしたヒント|本当はおばちゃん子じゃなかった。

エンディングノート超活用法

両親からはじめて聞いた僕の子供の頃の話をきっかけに両親に抱いていたわだかまりがすっきりしました。過去のできごとを正確に認識できたことは後悔少なく生きるための優先順位を決める上で大きな転機になりました。大げさに聞こえるかもしれませんが、僕の中では生き方を変える大きなヒントが見つかりました。

過去を客観的に振り返る

後悔少なく生きるヒントを見つけるために2つのアプローチでこれまでの半生を振り返りましょう。その中の1つ客観的に振り返る方法をご紹介します。

  • 昔のアルバムを見る
  • 家族(親)から話を聞く

半生なんて言われても昔のことでなかなか思い出せないという方は昔のアルバムを引っ張り出してみましょう。忘れていた様々な記憶が思い出されて振り返るペースが上がります。

年末にエンディングノートを両親に一冊ずつ渡して、エンディングノートの書き方について喋っていたら僕の子供の頃の話になりました。

小学生くらいまでよく遊んだ空地の話から、実家のすぐそばの十字路で交通事故にあった話などなど。そして昔のアルバムを見ながら両親から聞いたのは、40年近く生きてきて初めて聞く内容でした。

本当はおばあちゃん子じゃなかった

僕は冷めているのか?

息子達を見ていると何をするにも母親じゃないと駄目みたいで「お母さんがいい~」と泣いているのを、お父さんじゃ駄目なのか?と僕はずっと冷めた眼で見てました。

音楽であるでしょ、お母さん賛歌。

ああいうのは海外ならではの感覚なのかなと思っていたけど・・・日本でもというか、我が子もそうなんだと軽く衝撃を受けていました。子供にとって母親の存在が特別というのは、頭ではわかっているんですよ。でも自分にはそこまでの思いはないなぁと思ってて。もちろん、両親と仲が悪いというわけじゃないんです。

はじめて聞く子供の頃の話

これは1歳頃の僕が祖父におんぶされている写真です。

祖父におんぶされて
祖父におんぶされている僕

大正生まれの男性が孫をおんぶしている写真なので、建替え中の実家の前でレアなシーンをカメラに収めた特別な一枚だとずっと思っていましたが、違っていました。まったく知らなかったのですが特別どころか実はこれが僕と祖父の日常でした。

昔からことあるごとに「お前はじいちゃんとばあちゃんに育ててもらったんだから」と、両親から言われて育ってきました。うちは両親とも働いていたので、幼稚園や小学生の頃は朝の支度や家に帰ってからは亡き祖父母に面倒をみてもらっていました。

とはいえ、祖父母を敬う気持ちを持つようにという親心で育ててもらったという表現をしているんだろうと思っていたけど、まさにその言葉通り。聞けば、両親の仕事の関係で生まれて2ヶ月後には両親と離れて祖父母の家で暮らしていたようです。

7ヶ月後、母が近くで暮らすようになってからは、夜は母と過ごすようになったけれど、昼は幼稚園に行くまでずっと祖父母に面倒をみてもらっていたらしい。仕事で母の帰りが遅くなると「湯冷めすると悪いから連れて行ぐなと、そのまま祖父母が夜も面倒をみてくれたことも多かったようです。

両親が働いていたけど寂しい思いをした記憶はひとつもないので、祖父母に感謝していましたが、そんな小さい頃から面倒をみてもらっていたとは・・・両親の言葉に偽りはなく、僕は祖父母に育ててもらいました。知らなかったとはいえ、もう感謝の気持ちを伝えることができないのが残念です。

祖母が母代わりでした

祖母が焼かれている釜の前から離れられなくて、自分でもなんで離れられないのか?わからなかったけど両親の話を聞いて納得しました。もちろん2歳までの記憶はありませんが、僕にとって祖母こそがお母さんだったときがあったからだと思います。

祖母と
祖母によく遊びに連れて行ってもらいました。

自分のことをいわゆる「おばあちゃん子」だと思って生きてきました。でもそれは間違った思い込みで、祖母に抱いていたのはいわゆる母親に対する想いに近かったことがわかりました。

自分は親との関係で冷めているのかなと思っていたけど、母も僕を抱っこした記憶がほとんどないって言っていたので両親に対する距離感が一般的な感覚から少しずれているのはしょうがないよなと思えて、すっきりしました。

この話を聞いたら両親に対するわだかまりはすっきりとなくなりました。わだかまりの原因は僕が子供の頃の様子を知らなかったことによるもので、自分ひとりで勝手にわだかまっていたというわけです(苦笑)

ずっともやもやしていたところから、こういう心境にたどり着けたのはある意味エンディングノートのおかげです。僕がエンディングノートを書くことや過去を振り返ることをすすめているのは、これが原体験になっています。

常識は疑ってみた方が良さそうだ。

このとき以来、実家に帰るとなんとなく昔話になることが多くて、僕が幼稚園に行き始めた時の様子もわかりました。

「来年の4月から幼稚園に来てください」という手紙が誕生日頃に僕宛に届いたそうです。はじめて自分に手紙が来たことが嬉しくて、来年まで待てずに9月から幼稚園に行き始めたというのが最初でした。

これには、ぼんやりと思い当たることがあって。祖父母と家にいるのは、やっぱりつまんなかったんだと思います。近所の子は保育園に行って遊ぶ友達もいなかったし、申し訳ないけど年寄りの遊びはつまんないでしょ。本当は親と居たかったのか?それは無理だと納得していたのか?そんなことはわかりませんが、やりたいと思ったら行動するのは昔からなのかもしれません(笑)

フライングで幼稚園へ
フライングで幼稚園に行っていた頃

そして、自分が常識だと思ってきたことは祖父母から受けた影響によるところが大きいと考えるようになりました。戦争を体験した世代の祖父母に育ててもらったので仕方がないのかもしれませんが、遊びや楽しむことは悪(に近い)と考えるような教育・しつけを受けてきたように思います。

だから、子供の頃に聞かされてきた話や教えに対する反発心も芽生えてきました。そして、楽しいこと・好きなことを追求する生き方自体はおかしくないし、僕がしてもまったくおかしくないと思うようになりました。

後悔少なく生きるためのヒント

両親に対してわだかまりや微妙な感情は一切ありませんが、子供の頃に寂しい思いをしていたことは事実だと思うし、それは変わりません。

だからできる限り子供の保育園の送り迎えをしたり、キャンプとかで週末に子供を連れまわしているのは、自分がしてもらえなかったことをやっているのかな?と思っています。 子供の頃の話を聞いてなかったら、たぶんどっちもやってませんが(苦笑)

長男を自転車に乗せて
長男を保育園に送る朝、二人とも若いな(笑)

それが今では家族で80泊以上キャンプに行ってるんだから、両親から聞いた話は生き方が変わる位の衝撃体験だったと思っています。

両親からはじめて聞いた子供の頃の話がきっかけになって思い出を正しく理解して過去を再定義できたことは、後悔少なく生きるための人生の優先順位を決める上で大きな転機になりました。

【人生の優先順位】家族との時間を大切にする

過去の出来事にはこれからを生きるヒントが詰まっている!と僕は確信しています。

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