成年後見人の経験からわかった本当に大切な3つのこと

エンディングノート超活用法

成年後見人の仕事はご本人が亡くなるまで続きます。最期のときから大切なことを学ばせてもらいました。エンディングノートの大切さを痛感したのは成年後見人としての経験が原体験になっています。

「もしものとき」にあなたとご家族が後悔しないために知っておいて欲しいことをご紹介します。成年後見人って何?という方はこちらをどうぞ。

目次【本記事の内容】

成年後見人の経験からわかった本当に大切な3つのこと

成年後見人の経験を通して本当に大切なことを学ばせてもらいました。もしかすると明日かもしれない「もしものとき」に、自分自身とご家族が後悔しないために大切なことはこの3つです。

  • ①もしものときの希望を残しておくこと
  • ②書いて終わりにしないで、きちんと伝えておくこと
  • ③「自分は大丈夫」と思考停止にならないこと

そう思うきっかけになったエピソードをご紹介します。

施設入所からまだ数週間なのに・・・

認知症だったAさんは奥様がご病気で突然亡くなってしまい、ひとりでは自宅で暮らすことができなくなったので、行政の計らいで通所型の施設に特別に泊まれるようにしてもらって生活されていました。

週に3日とかでは当然間に合わないので毎日です。本来は通っていく施設に毎日泊まってもいいというかなりの特別対応で生活されていました。

とはいうものの、いつまでもそのままというわけにはいきません。僕が成年後見人に選ばれたのは、Aさんに代わって安心安全に暮らせる施設を探して入所の契約をするためでした。

すぐに探しはじめましたが、成年後見人といってもあてもコネも特別なものは何もありません。Aさんは沢山の財産をお持ちではなかったので、ご自宅と同じ市内にある特別養護老人ホームすべてに申し込み書を送りました。申し込みといっても空きが出たら順番に連絡をもらえるという程度のものです。

しばらくして、ある施設から「空きがでたのでどうですか?」という連絡がありました。予想していたよりもかなり早い連絡で、Aさんはついてるなぁと思った記憶があります。

そこからは早かったですね。とんとん拍子にいろいろなことが進み、ある施設に入所することができました。

お世話になっていた通所型の施設や行政の関係者もほっとされているのがよくわかりました。僕はこのために選任されたようなものなので、ひとまずは肩の荷をおろせた心境でした。

入所されて数週間たったある日。

「そろそろ1ヶ月になるのかなぁ。Aさんのお顔でも見に行こうかな?」そんなことを思っていた矢先でした。施設から突然連絡がありました。

Aさんの容態が急変したのですぐに来てください!

認知症でしたが、急に深刻な事態になるご様子はなかったのであわてて施設に向かいました。

施設に着くと、Aさんはベッドで寝ていましたが僕が知るAさんとはまるで別人のような顔つきで、特別な理由がないのにここまで急激に変わってしまうのか?と驚きを隠せませんでした。

慌てて飛び出してきたので、一度事務所に帰ろうと事務所に向かっている途中で携帯がなりました。Aさんが亡くなったという知らせでした。

この施設に僕が決めなければ、こんなにも早くAさんが亡くなることはなかったんじゃないか?僕の仕事はAさんに代わって安心安全に暮らせる施設を探すことだったのに、これじゃまったく逆じゃないか。

そんなことを考えました。そう思う一方で、僕は家族ではなく第三者の後見人です。まさか自分でAさんの介護することはできません。また、申込みをした施設から空きが出たという連絡があればそのまま入所の手続きをすることが適切だし、職務を全うしたという自信はあります。

それでも、もしあの施設に申し込みをしてなければ・・・とやっぱり考えてしまうんです。それと、こうも思いました。

Aさんは最期のときをどこで過ごしたかったんだろう?

僕がAさんとはじめてお会いしたのは、成年後見人の申し立てのときなので、そのときにAさんに直接聞くのでは遅いのです。

元気なときのAさんの気持ちを知ろうと思えば、僕と出会うよりもずっと前にエンディングノートなどに希望を書いておいてもらう。ご家族のいないAさんにはこれしか方法はありません。

成年後見人の仕事を始めるにあたってご自宅で通帳や重要な財産を確認しましたが、残念ながらAさんのエンディングノートを見つけることができませんでした。だからAさんが最期のときをどこで過ごしたかったのかはわかりません。

「妻がいるから大丈夫」とAさんが思っていたかどうかわかりませんが、奥様がご病気で先に亡くならなければAさんの最期のときは違っていたと思います。

さらに考えてしまうのは、もし自分の親だったらどうだろう?ということです。

  • 自分の手で介護をしてあげれば良かった。
  • 費用が掛かっても他の施設を探せば良かった。

きっと、もっとこうすれば良かったと考えたはずです。家族なら選択肢が多い分だけ、余計に後悔の気持ちでいっぱいになるのは目に見えています。

Aさんの最期のときを目の当たりにしたことで、エンディングノートを両親に書いて欲しいという僕の思いは切実なものになりました。

胃ろうをしないということは・・・

Bさんは胃ろうをされていました。胃ろうをすることを決めたのはお子さんです。Bさんが希望していたかどうかはわかりません。

でも胃ろうをしないということは長くは生きられない。そういうことです。

本人が元気なときにご家族に胃ろうをして欲しくないという話をしていて、家族もそれに納得している。そうじゃなければ、胃ろうをすることになる。これが現実じゃないでしょうか。

Bさんは娘さんが会いにきても娘だとわかりません。でも胃ろうをされているので長生きされています。だから娘さんはことある毎に僕に聞いてきます。

「こんな状況で長生きできていることは母にとって幸せなんでしょうか?どう思いますか?」

もちろんBさんが幸せかどうかは僕にはわかりません。

僕の母方の祖母もそうでした。胃ろうをしていた祖母は僕の4人の祖父母の中で一番長生きでした。

Bさんとさほど状況の変わらなかった祖母の晩年が幸せだったのかはわかりません。幸せかどうかなんて本人にしかわかりませんよね。

Bさんや祖母が胃ろうをして長生きしたいと思っていたら、幸せでしょうし、もし胃ろうを望んでいなかったとすれば幸せじゃない、そう思います。

元気なときに本人がどう考えていたのか?確認しようのない状況では誰にもわかりようがありません。だから娘さんにお母さんが幸せかどうか?を問われるといつも返事に困っていました。

だから、Bさんや祖母のことで思うのはエンディングノートを残しておいて欲しかったということなんですが・・・

もしBさんがエンディングノートを残していて、そこに「胃ろうをして長生きしたい」。もし、そう書いてあれば娘さんがどれだけ救われたか。ただし、逆のことが書いてある場合も考えられます。

Bさんは胃ろうを望んでいなかったけど、してしまった。これはかなり怖いです。怖すぎます。

セミナーで参加者の反応をみていると延命治療をして欲しくないという方が多いので、悪い方の結果が起きてしまう可能性が高いと思います。

もうわかりますよね。

エンディングノートを書いておくことで残された家族の負担を軽くすることが期待できますが、書いておくだけでは足りなくて、家族や大切な人とその内容を早めに共有しておかないとまったく意味がないということです。

本人のために良かれと思ってした延命治療を本人が希望していなかったとしたら、それは悲劇です。

でも本人の希望はわかっていても親には一分一秒でも長生きして欲しいと思ってしまうのも子供の想いなんですよね。だから延命治療の希望をエンディングノートにしっかり書いておいたとしても、それが叶うかどうかは本当に難しいというのが現実のようです。

娘さんから聞いたお話なので、どこまでが真実なのかはわかりませんが、Bさんがお元気なときは娘さんと本当にいろいろあったみたいです。

でも月1回のペースでお二人にお会いしていると本当にそんなことがあったのか?と思ってしまうほどでした。介護の時間は親子の立場が逆転しているかのようで、娘さんのBさんに対する感情が変わって行くのが手にとるようにわかりました。

だから介護の日々というのは親子の過去の関係を修復してくれる不思議な時間だと確信しました。もう少し早かったらと思うのは僕のエゴなんでしょうか。

自分は大丈夫という勘違い

自分は大丈夫。元気なときはみなさんこう思うんです。

  • まだ元気だから大丈夫
  • まだ若いから大丈夫
  • 家族がいるから大丈夫

僕だってそう思います。だから自戒を込めて書いています。

僕が成年後見人に選ばれたとき、Cさんはまだ40代で未成年の娘さんと暮らしていました。

まだお若いのになんで?と思わずにはいられませんでしたが、判断能力が衰えてしまったのは加齢によるものではなく、病気によるものでした。

まだ若いから大丈夫」とCさんが考えていたのかはわかりませんが、エンディングノートは当然のように書かれてはいませんでした。

40代だろうが子供が小さくても今は元気だとしても、もしものときは突然やって来るということをCさんの成年後見人に就任したときにまざまざと見せ付けられました。

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