終活だけじゃもったいない!人生が変わるエンディングノート超活用術

エンディングノート超活用法

書いておいた方がいいのはわかってても、なかなか書けないのがエンディングノート。

自分にはまだ早い。

みなさんそう仰るんですが、エンディングノートを書くことと、年齢は関係ない。僕はそう思っています。

というのも、エンディングノートの本質はこういうものだからです。

エンディングノートの本質

  • もしものときに向き合い、後悔のないように、これからの生き方を考えるもの

これからの生き方を考えるものならエンディングノートを書くのは早ければ早いほどいいと思いませんか?

人生の折り返し地点である40代は、エンディングノートを書くのに相応しいタイミングです。

本記事では、先送りにしてしまうにはもったいないエンディングノートの可能性について、いわゆる終活とは違った視点も取り入れてご紹介します。

エンディングノートを書きたいと思いながら、ずっとそのままになっている方に読んでもらえたら嬉しいです。

エンディングノートとは?|3つの誤解

まずはここから。エンディングノート全般の知識から理解していきましょう。こういった誤解をしていませんか?

  • 遺言書と同じようなものでしょ?
  • 高齢者が書くものでしょ?
  • 書いておけばいいんでしょ?

エンディングノートには法的な効果はありません。

エンディングノートに遺産分けの希望を書いても遺言書のような法的な効力はありません。エンディングノートでできることの限界を知ったうえで遺言書と使い分ける必要があります。

エンディングノートにはもしもの時に備えるという役割があります。平均寿命は延びていますが、もしものときに年齢は関係ありませんよね。

ノートという言葉のイメージに引っ張られている方も多いのですが、残念ながら書いておくだけでは希望が叶わないのがエンディングノートの現実です。後ほど詳しく説明します。

僕がエンディングノートを深掘りすることになった理由

司法書士なので遺言書そしてエンディングノートに関わることになったのは、ごく自然な流れでした。

でも30代だったし、エンディングノートには終活のイメージしかなかったのでエンディングノートなんて自分にはまだ早い。

僕もそう思っていましたが、この3つの経験がエンディングノートを深堀りするきっかけになりました。

深掘りしてわかったエンディングノートの秘密

世間では馬鹿のひとつ覚えのように終活(しゅうかつ)と言われるエンディングノートですが、掘り下げてみてわかったことがあります。

  • ①同じ様に見えて実はタイプはいろいろ
  • ②書くことと年齢は関係ない
  • ③必要な時に見つけてもらえるかが問題
  • ④エンディングノートの限界
  • ⑤書くよりも自分でやる方が確実

①同じ様に見えて実はタイプはいろいろ

どれも同じように見えるエンディングノートですが、実はタイプは様々で大きく分けるとこの3種類になります。

  • もしもに備える
  • これからの生き方を考える
  • これまでの人生を振り返る

なぜエンディングノートを書いておきたいのか?

その理由を明確にした上で、その目的にあったエンディングノートを選ばないといつまでたっても書けないのは当然です。

自分にあったエンディングノートを選んで活用しませんか?

②書くことと年齢は関係ない

エンディングノートを書いておいた方がいいと頭ではわかっているのに、書けないのは【もしものとき】なんてずっと先のことと、自分事になっていないからです。

もしものときは突然やってきます。だからエンディングノートが必要だと思うなら、何歳で書くのがいいのかを考えることは意味がありません。

またこれからの生き方を考えるためにエンディングノートを活用するなら高齢になってから書くよりも若いうちに書く方が良いと思いませんか?

③必要なときに見つけてもらえるかが問題

エンディングノートを書いても、この2つを家族に伝えておかないと家族の役に立ちません。

  • エンディングノートを書いていること
  • エンディングノートを保管している場所

書いたことを家族に伝えておかないと、エンディングノートがあることすら家族はわかりません。わからなければ必要なときに見つけてもらえない、使って欲しいのに役に立たないということです。

エンディングノートを保管する場所は、一人暮らしでも緊急時に活用できるようにと考えられた救急医療情報キットが参考になります。

④エンディングノートの限界

お墓はこうして欲しい。といった時間的に余裕があることなら家族がエンディングノートを参考に手続きをすることもできるでしょう。

一方で、“延命治療はしないで欲しい”といった緊急時のことや意思の疎通ができなくなったときに家族が決めなければいけないことは、エンディングノートに書いておくだけでは叶わない可能性が高いです。

家族の中で意見が分かれることもあるでしょう。元気なときに十分に話をしておかないと、エンディングノートに書いておくだけでは難しいのが現実です。

頭の中を整理して、気持ちをまとめるためのツールとしてエンディングノートは最適です。まずはそこからはじめてみませんか?

⑤書くよりも自分でやる方が確実

例えば、葬儀の希望を書いておくよりも自分で契約しておく方が確実でしょう。今は信託(しんたく)という仕組みを使って相続人の意向で変更されることなく希望通りの葬儀を執り行うことも可能です。

死後の準備のためにエンディングノートを書くなら現実問題としてエンディングノートでは足りません。また、残された時間がわかっているならエンディングノートを書くよりも実際に行動する方が確実だし早いことがあります。

そう考えると、もしもに備えるという目的の場合、エンディングノートが活躍できる場面はおのずと決まってきます。


ここまで見てきていかがでしたか?

エンディングノートを書いてみようという気持ちに待ったをかけるようで申し訳ありませんが、エンディングノートを書いておけばそれだけで安心ということはないということは肝に銘じてください。

もしもに備えるにはエンディングノートだけでは十分ではありませんが、エンディングノートを書くことをきっかけに次の行動につなげていくことをおすすめします。

  • 家族や大切な人ともしものことについて話をする
  • 遺言書を書く
  • 葬儀の契約をする etc

エンディングノートの現実|買ってもほとんどの人が書いていない。。

もしものときに家族に面倒をかけたくない。だからエンディングノートを書いておきたい。こう思っている人が多いようです。

エンディングノートを書いておきたい理由
第1位 家族に面倒をかけたくない

ライフメディアリサーチバンク調べ

ところが実際にエンディングノートを書いている人は、ほとんどいないんですよね。

エンディングノートを書いている人2.0%

「ライフエンディング・ステージ」の創出に向けた研究会報告書

もちろん面倒をかけたいなんて思っている人は、ほとんどいないと思いますが。

いつまでもエンディングノートが書けない理由

  • 時間がない
  • 面倒くさい
  • 書くことが多すぎて、どこから書いていけばいいのかわからない
  • 難しそう
  • そもそも書き方がよくわからない etc

エンディングノートが書けない理由を挙げればきりがありませんが主なところだとこんなところでしょうか。

でも最大の理由というのは、何歳だろうと今が元気ならここで思考停止してしまうことです。

  • 自分にはまだ早い
  • もしものときはずっと先の話

結局のところ、自分のもしものときにリアリティを感じられないから書けないわけです。

宿題、仕事と同じように追い込まれないとやらない・できない。それもすごくよくわかります。優先順位の低いことはギリギリになるまであと回しです(僕だけでしょうか苦笑)

エンディングノートの活用法は3ステップで

買っている人・持っている人は多いのに、ほとんどの人が書いていないエンディングノート。これじゃもったいないですよね。

最初から全部のページを書こうとするのはたぶん無理でしょう。

ただ書いておけばいいわけじゃない、エンディングノートでできることの限界も知っておく必要があります。

とにかく「終活」というイメージで自分には関係ないと思考停止になるのは、そろそろやめにしませんか?

こうした課題を踏まえてエンディングノートの3つの活用法をご紹介します。準備編→活用編→超活用編という順番に進んでいくのがスムーズですし、目的にあった結果を得やすいのでおすすめです。

  • 準備編|もしもに向き合う
  • 活用編|もしもに備える
  • 超活用編|生き方を変える

エンディングノートの使い方 準備編|もしもに向き合う

突然の出血で精密検査

数年前、不意にもしものときについて考えさせられることがありました。

経緯は割愛しますが、大腸カメラ(大腸の内視鏡検査)を初めて経験しました。どんな結果が出ても先延ばしにするよりはいいだろうと覚悟を決めて臨みました。

おかげ様で大腸に異常は見つからなかったのですが、一緒に調べた血液検査が再検査になってしまうという、なんともスッキリしない結果でしたがひとまず安心しました。

もしものときをありありとイメージすることができましたが、正直キツかった・・・。

初めてというのも大きかったのですが、2リットルの溶剤で下痢を起こす前処理もそうだし、検査中の膨満感や腸のカーブのきついところにカメラ入れる時の叫んでしまいそうな苦しさ、もう1回と言われたらかなりびびってしまいます。※なぜか麻酔なしでやりました

今回の検査であらためて自分のもしものときを真剣に考えるきっかけになりました。かなり痛い思いをしましたが、 こういったことを見極める感覚が研ぎ澄まされた手応えを感じます。

  • したいこと・したくないこと
  • 必要なもの・必要じゃないもの

もしものときを体験すると・・・

  • 病気やケガ
  • 身近な方の死
  • 自然災害 etc

突然、こうした出来事に直面して否が応にも【もしものとき】を体験することがあります。非日常体験が働き方や生き方を見直すきっかけになるのはままあることじゃないでしょうか。

僕自身もあわやという非日常体験を通して、自分の人生はこのままでいいのかな?と真剣に考えるきっかけになりました。

エンディングノートを書く醍醐味は?

エンディングノートを書くことは、この2つについて考えることです。

  • 普段考えないこと
  • できれば考えたくないこと

もしものときを考えるきっかけはいろいろありますが、エンディングノートを書くことが一番手軽かもしれません。身体は痛くも苦しくもないですし。

元気な時だからこそ「もしものとき」の疑似体験ができると、見えてくるもの・気がつくことがあります。

もしものときをより具体的にイメージすることができれば、これからの人生の時間の使い方がきっと変わります。

エンディングノートを書く醍醐味は、もしものときの疑似体験ができることです。

準備編で目指すゴール

エンディングノートを買うことで安心・満足してしまうのはよくわかります。学生時代に参考書や問題集を買っただけで、なんだか勉強した気になったのと同じですよね(苦笑)

だから書かなくてもOKです。でもこれで終わりではありません。

書かなくていいので、できるかぎりリアルにイメージしてみてください。

  • 突然脳梗塞で意識不明になったら?

縁起でもないことなのはわかっていますが、普段考えないことをあえて考えてみてください。

些細なことかもしれません。でも真剣に考えると生活習慣、考え方、生き方など必ず気持ちに変化が現れます。

  • これからはできるだけ健康に気をつけよう
  • 週末は家族と一緒に過ごそう
  • 久しぶりに〇〇をしてみよう
  • 前から気になっていた〇〇をどうしてもやりたい etc

エンディングノートを書くことで、家族、特に親のことを考えてしまう方は多いと思います。

「親が死ぬまでにしたい55のこと」に60歳の親と一緒に過ごせる時間は?という試算が紹介されていて、実際に計算してみたらあまりの少なさに愕然としました。

準備編は、はじめの一歩なのでこの程度で十分です。ただしエンディングノートを書くならどんな目的で書きたいのかを明確にしておきましょう。

  • もしもに備える
  • これからの生き方を考える
  • これまでの人生を振り返る

お伝えしたようにエンディングノートには大きく分けて3つのタイプ(目的)があります。

もし、気持ちに少しの変化も起こらないとしたらエンディングノートを書く準備は整っていないので、ここで終了です。

エンディングノートではイメージできない方へ

「もしものとき」を自分事として考えることができるようになるまで僕も時間がかかりました。

エンディングノートでは、もしものときをイメージできない方におすすめしたい方法をまとめました。

  • もしバナゲーム
  • 模擬余命告知
  • 入棺体験

エンディングノートの使い方 活用編|もしもに備える

家族に面倒をかけたくない

これがエンディングノートを書いておきたい理由の第1位です。

みなさんがエンディングノートを書いておきたい理由が“家族に面倒をかけたくないから”ということなら、家族の助けになるエンディングノートを書いて、もしものときに備えませんか?

  • もしものときをリアルにイメージすることができた
  • 自分事として考えることができた

こういう心境・状況になったときにエンディングノートでもしものときに備えましょう。エンディングノートを書き始めるのはここがスタートです。

【重要】エンディングノートを書く際のポイント

【もしもに備える】ためにエンディングノートを書くときに重要なポイントがあります。ここを理解してから書かないと効果は期待できません。

  • ①書きにくいからこそ医療と介護から書く
  • ②書いておくのは、あなたの本音です
  • ③もしも明日をイメージして書く
  • ④エンディングノートは正確な情報を元に書く
  • ⑤昔のアルバムを見ながら家族と話をしながら書く
  • ⑥遺言書の有無や保管場所を書いておく
  • ⑦見た目や形式にこだわらない
  • ⑧定期的に見直して情報の鮮度を保ちましょう
  • ⑨書いて終わりにしない
  • ⑩紙のエンディングノートは時代おくれかもしれない

僕が実際にエンディングノートを書いていく中で、気がついたことを相続の専門家の視点からまとめました。エンディングノートを書くときの参考にしてみてください。

関連|エンディングノートでもしもに備える|大切な10のポイント

エンディングノートの使い方 超活用編|生き方を変える

エンディングノートの一般的な使い方を十分理解していただいたところで、エンディングノートのさらなる可能性をご紹介します。

超活用編のテーマ

エンディングノートを書いて、もしものときをありありとイメージすることができると、ふと気がつく。

もしものときは明日かもしれない。

突然、もしものときに直面したとしても後悔ないように毎日を過ごすことができていますか?

これは相当難しいと思います。僕もできていません。

でも意識はしています。意識しているのとないのでは、その差はかなり大きいと思っています。

エンディングノートを書くことをきっかけに普段は考えない、もしものときに思いを馳せることができたなら「もしもに備える」で終わってしまうのは、もったいないと感じたことが超活用編をまとめる出発点でした。

もしもに備えるのその先・・・

明日もしものときが来ても後悔ないように生きる

ここを目指して「生き方を変える」

これが超活用編のテーマです。

超活用編のゴール

生き方を変えようと思ったら、生き方が変わるような目標や優先順位を持っておく必要がありそうです。

おのずと生き方が変わるような目標や優先順位は、おそらく普段の生活の延長線上にはありません。

だって普段の少し先にあるならとっくに変わっているはずです。本気で変えたかったら現状から大きく踏み出したものじゃないと変わらない気がします。

目標を立てるときは一緒に期限も決めるのが良いと言われますが、人生の期限は決められないし、わかりません。

だから、こういう視点で目標を立ててみませんか?

  • これが叶うなら死んでもいいと思えること

人生のビジョンと言ってもよさそうですが、きっかけはエンディングノートなので「自分らしいエンディング」や「人生のゴール」をイメージしても良さそうです。

別の表現をすると、この人生でこれだけはやり遂げたいことをエンディングノートを書いて見つけようって話です。

目標ではなく優先順位で定義すると、後悔ないように生きるための基準となる人生の優先順位を決めようってことになります。

ここを明確にして、そこに向かって毎日を過ごせたら後悔少なく生きることができそうじゃないですか?

これが超活用編のゴールです!

そして、エンディングノートの活用編(もしもに備える)は、どちらかというと書いておいた方が良さそうだからというモチベーションで取り組む人が多いように思いますが、前向きな気持ちでエンディングノートを書いてみたくなる。

  • わくわくする
  • 今すぐ書いてみたい etc

これが超活用編が目指すエンディングノートの理想形です。

超活用編は、以前取材していただいたエンディングノート式目標設定の技術を加筆修正してまとめています。

エンディングノート式目標設定の技術@日経ビジネスアソシエ

関連|エンディングノート式目標設定の技術

超活用編の3つのステップ

  • ステップ1|死ぬときに後悔することを掘り起こす
  • ステップ2|確実に後悔することをあぶりだす
  • ステップ3|後悔少なく生きる

「生き方を変える」というのは大げさだと感じるかもしれません。

キャンプに行こうなんて思ったことがなかった僕が今では70回以上家族でキャンプに行っています。

この変化を単にキャンプが趣味になっただけと片付けるのか?
生き方が変わったことによる変化と捉えるのか?

これがまさに自分の価値観(主観)で判断すればいいことです。どっちでもいいし、僕が生き方が変わったと思えればそういうことなんです。

物事を世間一般の価値観ではなく自分の基準で見れるようになること自体が生き方が変わった証だと考えています。

到底叶わない目標と手に入りそうな目標。

僕は後者を目指していたことが多かったと思う。それがどうしても欲しいというよりも、うまくいかなかったら嫌だ、失敗したくないという感情にしばられていたからです。

ステップ1

死ぬときにほぼ全員が後悔する

ほとんどの人が亡くなるときに後悔するようです。

入棺体験で、もしものときの疑似体験をして僕は愕然としました。

あれもしたかった、これもしたかったと漠然とした後悔しか浮かばなかったので、もしものときが突然訪れたら確実に後悔することがわかったからです。

もしものときがいつなのかはわからないので、これは僕だけに限ったことではなく、ほとんどの人が後悔することになるのかもしれません。

ちなみに「死ぬときに後悔すること25」によると、後悔することで多いのは圧倒的にやらなかった方の後悔みたいです。

漠然とした後悔しか沸かなかった入棺体験

誘ってもらったセミナーで想像していなかった入棺体験をすることになりました。

ちょっと待ったー@入棺体験

棺桶の蓋を閉められたときに心の底からこう思いました。

  • いま死ぬと確実に後悔する
  • 体験で本当に良かった

今回は体験でしたが、これがいつ現実になるのかはわかりません。

後悔するって焦りましたが、〇〇をしたかったなぁ・〇〇もまだやっていないという、あれもこれもしたかったという漠然とした後悔なんですよね。

死ぬまでにやりたいことが明確になっていないということは、10年先・20年先・・・もしものときはずっと先だとしてもそのときに絶対に後悔するだろうなと思いました。

考え出すと、やりたいことってたくさん思い浮かびます。例えば世間一般に余命宣告を受けたときにやりたいこと(と言われていること)ってありますよね。

  • 海外で暮らしたい
  • 家族とゆっくり過ごしたい
  • 贅沢の限りを尽くしたい etc

どれもドラマなどで聞いたことがありそうな回答じゃないですか?こういうときに思い浮かぶのは、その人にとって普段はできない非日常だったりすると思います。

でも僕にはしっくりきませんでした。こういう価値観って自分にとってどれだけ大切なんだろう?という疑問が湧いてきました。

死に直面したときにやりたいことがあるなら余命を宣告されるまで先延ばしにしておくことに僕はとても違和感を感じました。

余命がわかる最期ばかりじゃないので、どうしても叶えたいなら普段から意識しておかないと絶対に無理だと思いました。

後悔することをはっきりさせておく

結局、何をしたいのか?何ができないままだと後悔するのか?

当たり前のことですが後悔しないように生きるには、後悔しないために優先したいことをはっきりさせておく必要があります。

そして、余命を宣告されたときにやりたいことは非日常にあるのではなく、日常や日常の少し先にあるように変えていく努力や行動をしないと絶対に叶わないと思いました。

ステップ2確実に後悔することをあぶりだす

あれもこれもはダメ。捨てる勇気もマスト

死ぬまでにやりたいことは書き出すといっぱい出てくると思います。もしやりたいことが多すぎるのはできないことを増やすことになるので後悔が増えることにつながるかもしれません。

やりたいことがいくつもあるなら優先順位を決める必要があります。

この優先順位を決めることが難しい。というか、自分では簡単に決めれないことが多い。

僕がまがりなりにも人生の優先順位を決めることができたのにはこんな体験がありました。

過去には後悔なく生きるためのヒントが詰まっていた

棺桶の中で焦ったのと同じタイミングで、これまでの人生を深く・じっくりと振り返る機会がありました。過去の出来事を真剣に掘り起こして、時間をかけて振り返ってわかったことがあります。

  • ①本当はおばあちゃん子じゃなかった
  • ②あの1年は無駄なんかじゃなかった

本当はおばあちゃん子じゃなかった

自分のことをいわゆる「おばあちゃん子」だと思って生きてきました。でもそれは間違った思い込みで、祖母に抱いていたのはいわゆる母親に対する想いに近かったことがわかりました。

昔のアルバムを見ながら両親から聞いたのは、僕がはじめて聞く話でした。

僕は生まれて2ヶ月目から2歳まで祖母に育ててもらったそうです。

両親が働いていたので物心つく頃には祖父母に面倒を見てもらっていた記憶があります。育ててもらっていたという自覚はありましたが、まさかそんなに小さなときからとは知りませんでした。

40年近く生きてきて初めて聞く話で、両親に対して抱いていた微妙な思いが変わるきっかけになりました。

関連|過去の出来事にはこれからを生きるヒントが詰まっている。

その話を聞いたら両親に対するわだかまりというがすっきりとなくなりました。わだかまりの原因は僕が子供の頃の様子を知らなかったことによるもので、自分ひとりで勝手にわだかまっていただけだったというわけです(苦笑)

一方で自分が常識だと思ってきたことは祖父母から受けた影響が大きいということも考えるようになりました。

戦争を体験した世代の祖父母に育ててもらったので仕方がないのかもしれませんが、遊びや楽しむことは悪(に近い)と考えるような教育・しつけを受けてきたように思います。

子供の頃に聞かされてきた話や教えに対する反発心も芽生えてきました。

楽しいこと・好きなことを追求する生き方自体はおかしくないし、僕がしてもまったくおかしくないと思えるようになりました。

両親からはじめて聞いた子供の頃の話をきっかけに、思い出を正しく理解して過去を再定義できたことは、後悔なく生きるために人生の優先順位を決める上で大きな転機になりました。

後悔なく生きるためのヒント

  • 家族との時間を大切にする
  • 常識といわれるものに対する違和感

両親に対してわだかまりは一切ありませんが、子供の頃に寂しい思いをしていたことは事実です。

僕自身が子供と過ごす時間を意識的に増やしたら自分の気持ちは何か変わるのだろうか?実験的な発想ですが、これが現在優先していることを決めるヒントになりました。

関連|週末バンライフ

あの1年は無駄なんかじゃなかった

30歳のときに会社を辞めて司法書士試験に挑戦しました。合格までの2年半は12時間以上勉強ばかりでまるで修行のような毎日でした。

仕事もしないで勉強の日々

受かる保証もないのによくやるわ。という目で見ていた人も多かったと思います。

合格という目標が叶わなかったので司法書士試験の勉強だけを続けた1年間は、30代最初の貴重な1年間を無駄にしたと悔やんでいました。

ところが、主観で考えることができるようになって、司法書士試験に挑戦したことをこう思えるようになりました。

  • 人生を変えようと意気込んだわくわくできる挑戦
  • 自分で決めた目標に向かっていた充実した時間

苦しくて修行のような毎日でしたが、いま思えばわくわくできる挑戦だったし、自分で決めた目標に向かって集中していたとても充実した日々だと認識できるようになりました。

不合格という事実は何も変わっていませんが、主観的に振り返ることで大きく変わりました。

こういう見方ができるようになったもう1つの理由は、何かを成し遂げようとすると時間が掛かるという本質的なことを理解することができたからです。

1万時間の法則というものを知り、あの1年間は司法書士試験の勉強を1万時間まで積み上げるために必要不可欠だったと自分を納得させることができて僕は救われました。

【1万時間の法則】
簡単にいうと、どんな分野でも1万時間程度継続して練習すれば、その分野のプロになれるという経験則のこと。

さらに合格までの2年半で得られたものは、合格だけでなかったことに気づくことができました。

3,000時間の勉強で合格できる人がいるのは間違いありませんが、それはそういう人もいるということであってみんながサクサクと合格できたら予備校はつぶれますよね。

この2つの気づきは僕の中で価値観が180度変わるくらいの大発見で、ぼんやりしていた人生の優先順位がはっきりしました。

  • 家族と過ごす時間を作る
  • わくわくできる挑戦をする

自分の価値観が明確になると、まわりの目や評価はあまり気にならなくなります。だから物事をシンプルに考えられるようになりました。

過去からこれからを生きるヒントを掘り起こす方法

2つのアプローチから過去を振り返りましょう。

  • ①客観的に昔のアルバムを見る
  • ②人生曲線を主観で描く

客観的に過去を振り返ることで、知らなかったことを知ることで、思い出を正しく再定義することができました。もし可能ならご両親やまわりの方に話を聞いてみることをおすすめします。

主観で半生を振り返ることで救いのない失敗が欠かせない経験に変わるきっかけになりました。

取捨選択が必要

使わない物をメルカリで手放すように、やりたいことの中でも優先順位が低いことも手放してしまうのがいいと思います。

でも一度身についた生活スタイル・考え方はそう簡単には変わりません。

僕もそうでした。やらないといけないと思い込んでいるのに出来ていないことがストレスになっていました。

でも、できていないことはそもそも優先順位が高くないことがほとんどでした。

だから普段やっていること、やらないといけない(と思い込んでいる)ことを表にして、毎日チェックしてみたら全然できていないことが出てくる。出てくる(苦笑)

いまできていないことは優先順位が高くないと割り切って、やめてしまえば自然とシンプルになっていきます。

ステップ3優先順位に従って行動する

後悔を減らすには行動力が必要

後悔することがわかっているのに一歩も前に進めなかったら確実に後悔します。

やりたいことは明確なのに少しもできていないとしたら行動が足りていないのかもしれません。

普段からフットワークを軽く、行動できるようにしておくことが大切です。また大きな目標なら細分化しておいて小さく刻みながら目指せるように工夫が必要です。

もちろん行動したところで思い通りにいかないことは痛感しています。でも思い通りにならないからといって、それがそのまま後悔が多い人生ということにはなりませんよね。

過程よりも結果。

世間一般に求められるのは・評価されるのは結果でしょう。結果が全てという世界もあるのは間違いありません。

でも自分の人生を後悔なく生きることを前提に考えると、結果が全てではないのも間違いありません。

もしそうなら勝ち続けることができる人以外は後悔ばかりの人生になってしまいます。思い通りにならないことがあっても優先順位が高いものに時間と気持ちを使って過ごすことができたら後悔は少ないだろうと想像できます。

僕の実践|好きを追求して生きる

後悔少なく生きるために、僕がいま優先していることはこの2つです。

  • 家族と過ごす時間を作る
  • わくわくできる挑戦をする

家族と過ごす時間というのは次男を保育園に送っていくことだったり、長男の自転車の練習に付き合ったり、週末に家族とキャンプに出掛けることです。ごくごくありふれた日常です。

子供達と密に一緒に過ごせるのは、ふたりが小学生までだろうと思うのであくまでも現在の優先順位です。優先したいものは状況に応じて変わっていくものだと考えています。

そして、これは子供の頃の寂しかった気持ちが少なからず影響しているのは間違いありません。過去を振り返って気づいたことの1つです。

ワクワクできる挑戦というのは漠然としていてイメージしにくいかもしれませんが、泡盛マイスター(泡盛版ソムリエ)として泡盛を盛り上げる活動をすることが今は中心になっています。これも日常生活の一部です。

泡盛は数年前までずぶの素人でしたが、好きこそものの上手なれ、1万時間以上泡盛マイスターの活動を続けているうちにこんな面白い変化が起きました(2020年4月時点)

  • 「泡盛」の検索でブログが2位に
  • 泡盛マイスターの全国大会で準優勝
  • 百貨店の泡盛イベントに5年連続で出演
  • 泡盛ファンのコミュニティが930人
  • オリジナル泡盛を1100本販売
  • クラウドファンディングを3日で達成

1万時間を使ってこんなものか?という感想もあるでしょう。でも生きている限り、理想と現実のギャップを埋めようとしているという手応えはあります。

ときにそのギャップが大きくなるのもまた人生だと思います。

「もし明日死んでも後悔しませんか?」と問われると、自信を持ってしないとは言えません。

言えませんが後悔が少ないように最適化できつつあるので、以前に比べたら後悔しないだろうと思っています。

究極はもしものときも変わらないこと

人生が変わる目標は普段の生活の延長線上にはないと書きましたが、超活用編の3つのステップを経て見つかった目標や成し遂げたいことは普段の生活や日常の少し先にあるべきです。

普段から意識して、ぴったりじゃなくても、少しだけでも自分らしいエンディングにかすらせていくような毎日を過ごすことがベストだからです。

例えば残された時間が半年だとわかったら、その半年でどうしてもやりたいことは普段の生活でどのくらい出来ているでしょうか?

そうなったときに焦って急にバタバタと行動するようでは、間に合わないことが多いと思います。それこそ心の準備なく亡くなるとしたら確実に後悔しますよね。

残り時間が半年になっても特に焦らず普段と変わらない生活をすることができるのが、究極の後悔の少ない生き方だろうと僕は思っています。

そう思うと、これもやりたい・あれもやりたいと渇望した毎日を過ごしているかもしれませんが、普段から思考と行動をできるだけシンプルにしておく方が良さそうです。

結局は普段から納得感をもって毎日を過ごすことができるのが後悔が少ない生き方なんだと思います。

エンディングノートの使い方は自由です。

後悔の少ない人生を過ごすためにエンディングノートを活用してみませんか?

コラム|お時間があるときにどうぞ。

コラム|エンディングノートを親に渡すときに気をつけたいこと| 僕の失敗談
コラム|タイムキーパーから学んだ【残り時間】の使い方
コラム|エンディングノートを書くことはスタートです!
コラム|相続対策よりも切実。救急時の対策は万全ですか?

コラム|主観で人生曲線を描くということ

人生直線で本質を知る

受講したセミナーで人生曲線を描いたり、主宰するセミナーで人生曲線を描いてもらうワークをやってきました。

過去の出来事から山や谷、衝撃体験を掘り起こすために曲線で描いてくださいと伝えているに、

自分の人生はずっと幸せです。
いつも充実しています。

と、充実度が高い横一本の直線を描いていた人がいました。

とは言っても絶対にいろいろあったでしょう?と勘ぐってしまったのですが、主観で生きてこられていればずっと直線というのもあるのかもしれない。と思ったことが主観について考える1つのきっかけになりました。

主観で過去を振り返ってわかったこと

半生を振り返ったときに大きかった1つのできごとは、会社を辞めて挑戦した司法書士試験に失敗したことです。

当時は住宅ローンがあったのに無職で勉強に専念している状況でした。

他人の価値観ではなく徹底的に主観で考えたことでこう思えるようになりました。

  • 人生を変えようと意気込んだわくわくできる挑戦だった
  • 自分で決めた目標に向かって挑戦できた充実した時間だった

会社を辞めて退路を断って挑戦した司法書士試験に失敗したことは、常識的に考えればまったく評価されません。

毎日12時間以上勉強だけの生活で全力で頑張ったと胸を張って言えたところで、こういう常識的な判断基準の元ではそんなことはどうでもいいことなんです。

  • 成功≫失敗
  • 合格≫不合格
  • 会社員≫無職
  • 受験生≫ニート

不合格という結果が大き過ぎて、良い面にはまったく意識が向きません。

これは僕が描いた人生曲線です。20代半ばに1つのピークが来ていますが、希望する会社に入社出来て希望に満ちていた頃です。

そこから数年で一気にどん底まで落ちていきます。

僕が描いた人生曲線

一方で、結婚やマンションを購入するという人生の大きなイベントを経験したのも20代後半です。

この辺のことが人生曲線にほとんど現れてこないのは人生曲線を描く幸福度や充実度の基準が仕事からだったことに気がつきます。

会社を辞めて司法書士試験に挑戦したとき。司法書士として独立するときも優先していたのは仕事のことです。主観的に選んだ基準かというとそうではありません。

仕事を優先した理由は、仕事をしないと当然のように収入がないわけですが、いい年をした大人が仕事をしていないのはおかしいという常識に縛られていたからだと思います。

不合格という事実は何も変わらないのに、なぜ180度違った感想を持てるようになったのか?

仕事や収入というフィルターを一度外して考えてみようと思ったことがきっかけです。

遊びや趣味も大切にしてきたつもりが本質は仕事だけが幸福度や充実度を決めていたことに気がつきました。

いまになって思うのは、仕事というものに対して視界がかなり狭くなっていました。こうじゃないとダメだという間違った思い込みが凄かったです。

過去の出来事は視点を変えて見ることができると、人生の汚点とも思える失敗もまるできらきらと輝いている時間のように、まったく違ったものに見えてくるかもしれません。

自分が後悔するか?しないか?というジャッジに、他人や世間がどう思うのかを気にするのはまったく無意味だということにようやく気がつきました。恥ずかしい話ですが。

自分らしいエンディングは主観で考えないと見えてこない。

自分の頭で考えた優先順位を持ち、それを基準に人生を生きる(時間を使う)ことができていますか?

僕はできていませんでした。

もし生きていたら、他人が客観的にみたらどうあれ、主観で人生曲線を描けば人生直線になったはずです。

いや、少しはできているつもりでしたが、実際は常識や周りの環境に縛られた自分がない優先順位しか持っていませんでした。

恥ずかしながら僕は30歳で会社を辞めるときも、司法書士として独立するときも、一般的に良いと言われている方を選んでなんとなく生きてきました。

  • 資格を取ればなんとかなる
  • 難しい試験に合格できれば人生が好転する

いま思えば、これっていう自分がなかったわけです。人生の優先順位がはっきりしていなかった。

司法書士試験に挑戦するために住宅ローンがあったのに会社を辞めたりと道のりはハードでしたが、どこかふわっとした気持ちのままで人生を歩んできました。

リスクを冒してまでチャレンジなんてしない方が、安定を望んだ方が、一般的にはベターなんじゃないですか?

挫折ばかりで不安定な毎日よりも安定している方がいいと僕も思っています。

そうなんですけど、脱サラをして司法書士試験に挑戦したことは失敗もしましたが、会社にしがみついてくすぶっているよりは輝いている時間・経験だと思うことができました。

これは常識的だったり、世間体を気にする視点とは違った視点から見ることができたからです。自分らしくと言い換えることができると思います。

後悔少なく生きる

リスクがあってもやりたいことに挑戦したかった。

そう思うことってあると思います。でもこれは棺桶に入る段になってみないとわからないことが多いのかもしれません。

むしろ、残された時間がわかっていたら挑戦したのにと思うことが多いのかもしれませんね。普段と非日常では気持ちも判断する基準もまったく違うように思います。

死ぬときに後悔するか?しないか?

死に直面して果たして常識や世間体を気にするでしょうか?

そんなものはまったく気にならないと思います。なりふり構わずというのが本当じゃないでしょうか?

人生曲線を描くときのポイント

勉強漬けの1年間を充実していた時間と思えるようになったのは、合格することができたから、時間が経ったから、どちらも当てはまると思います。

そして、大きかったのは人生曲線を【主観で】描くことができたことです。

本来の人生曲線の描き方や詳しいやり方は他の記事や書籍に譲りますが、超活用編で外すことのできないポイントを書いておきます。

大事なポイントは主観で描いてみることです。主観で判断するのは意外と難しいものです。わかりやすいなぁと思った例をある本で読んだことがあるので紹介しますね。

高校時代は野球部で甲子園に出場した

これだけ聞くと高校時代の幸福度は高そうですが、甲子園に行くことができたけど自分は補欠で悔しい思いをしたということなら幸福度が低いと捉えることもOKです。

これがまさに主観で考えるということで、過去の出来事を自分の判断基準で感じたままに幸福度・充実度を描くのが人生曲線です。

ヒントは衝撃体験にあり

  • 成功体験
  • 失敗体験
  • 充実していたとき
  • 壁にぶち当たっていたとき

この4つはいわゆる衝撃体験ということになります。衝撃体験には後悔少なく生きるためのヒントが詰まっています。

記憶に残るできごとが視点を変えることでまったく違ったものに見えるかもしれません。

人生曲線を描くときは、この4つを具体的に思い出すことをやってみてください。人生曲線の山や谷、プラス・マイナスが切り替わるところを衝撃体験と捉えて深堀することをおすすめします。

衝撃体験の他にこういったこともこれからを生きるヒントになります。

  • 一番お金を使ったこと
  • 一番時間を使って取り組んだこと etc

後悔しないようにやりたいことを見つけようと全く新しいことに目を向けてもよくわからないと思います。

仮に見つかってそれを達成できてもやっぱり違ったとなるのが落ちかもしれません。だって経験したことがないから自分探しと同じです。

ここで言いたいのは人生の優先順位は主観で考えるべきだし、そうじゃないと意味がないということです。

「高級車に憧れる人は無人島でも高級車に乗りたいだろうか?その憧れは他人の目があるからこその価値観からくるものじゃないだろうか?」と先輩経営者が言っていたことを時々思い出します。

この話で僕がイメージしたのは沖縄の離島のような無人島です。無人島でも高級車に乗りたい人はそれでOK。荷物を載せやすい軽トラがいいと思うならそれもOK。

結果的に選んだ優先順位が常識的だったり、世間体を気にしたようなものでもそれはそれでOKだと思います。そこばかりを気にして考えた優先順位じゃダメだということです。

優先順位は主観で考えて自分が納得できるものかどうかということです。

勉強漬けの2年半を充実していた時間と認識することができたのは、人生曲線で描く、幸せだと感じたとき・充実していたと感じたときは、他人との比較や相対的な評価ではなく、自分の主観によるものだからです。

「死ぬときに後悔するか?しないか?」という自分の人生の結末について考えようというときに、必要なのは一般論ではなく主観や自分の価値観で判断することです。

一見するとハードな挑戦だろうが自分がやりたくてやっているなら周りの雑音は気にしないこと。失敗もしましたが僕が後悔少なく生きるためには、わくわくできる挑戦が必要だと思える原体験になりました。

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