遺留分を無視して書いた遺言書の本当の怖さ
へたな遺言書が元で相続トラブルを招くことは往々にしてあります。
遺留分があっても取り戻すかどうかは相続人の意思に委ねられているので、必ずしも遺留分を主張されるわけではありません。
もし遺言書を書かなければ法定相続分を主張されるのだから遺留分を無視して遺言書を書く場合があることも十分理解できますが・・・
これは知人の相続で起きた悲惨すぎる話。この話を聞いてから遺留分に対する考え方が大きく変わりました。
目次【本記事の内容】
兄弟に自宅を差し押さえられた長男
お父さんの遺言(「全財産を長男に相続させる」)のせいで、ご兄弟から自宅を差し押さえられる羽目になったXさん(長男)
「長男が遺産を引き継ぐことを納得してくれるだろう」と、お父さんは他の子供達が遺留分を主張してこないだろうと甘く考えていたのかもしれません。
仮に遺留分を主張してきても相続財産から渡せばいいと考えていたかもしれませんが、まさか自分が亡くなった直後にリーマンショックが起きるとは思ってもみなかったでしょうね。
さらに不運だったのは、遺産の大部分が株で亡くなった直後に遺産総額がかなり目減りしてしまったことでした。
兄弟の関係は終了。
遺留分は、被相続人が相続開始時において有した財産の価格を算定基準とします。相続はお父さんの死亡によって開始するので、お父さんの死亡時の遺産の価額が遺留分の計算の算定基準になります。
- リーマンショック
- 遺産のほとんどが株式
この2つの事情がなければ、遺言書がもとで長男の自宅が他の子供達から差し押さえられることはなかったでしょうか?
このケースは司法書士として遺言書作成に関わったわけではありません。Xさんによるとこの遺言書はお父さんが弁護士さんに相談して作ったそうです。
- 遺留分を主張してこないだろうという想定で書いた遺言書なのか?
- 遺言書を書くことで長男以外の取り分を法定相続分から遺留分にまで減らしたかったのか?
どちらなのかわかりませんが、他の兄弟全員が遺留分を主張してきたようなので、リーマンショックが起きなくても結局のところ揉めたような気がします(汗)
兄弟の関係は終った
とXさんが言ってましたが、自分が他の兄弟から自宅を差し押さえられると想像するだけで・・・言葉がないです。。
Xさんの相続で遺留分を無視して書いた遺言書の本当の怖さを垣間見ることになりました。
遺留分とは?
相続のご相談を受けていて感じることは「遺留分(いりゅうぶん)」という言葉はみなさんよくご存知だということです。
テレビ・雑誌等で相続・遺言書の特集が組まれることが多いからでしょうか。
遺留分は「兄弟姉妹を除く法定相続人に認められている絶対的な相続財産の受け取り分」のことですが、その割合を法定相続分と混同していたり、兄弟姉妹にも遺留分があると勘違いされる方も多いようです。
遺言書を書く上で最低限押さえて置きたい遺留分の基本的な内容をお伝えします。
遺留分と法定相続分は違います。
遺留分と法定相続分の割合を簡単に整理してみると、下の図のようになります。

全財産を相続人以外の第三者に遺贈するという遺言書があったとしても、遺留分は絶対的な相続財産の受け取り分なので、相続人が配偶者と子供のケースなら相続財産の4分の1は、配偶者も子供もそれぞれ遺留分を主張出来るということになります。
2019年7月1日から遺留分減殺請求権が遺留分侵害額請求権に変わり、遺留分を侵害している額に相当する金銭の支払いを請求することができるということになりました。
第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
民法
遺言に託した二人の思いは叶うのか?
遺留分をクイズ形式で考えてみましょう!
Aさん、Bさんの二人が遺言書を遺して亡くなりました。
二人とも相続人以外の第三者に全財産を遺贈するという内容です。
- AさんはCさんに
- BさんはDさんに

ここで、二人の家族構成を見てみると、Aさんは唯一の相続人である弟がいます。Bさんには妻と息子がいます。
Aさん、Bさんにはそれぞれ相続人がいるにもかかわらず、相続人にはまったく遺産をあげたくなかった理由はご想像にお任せします。
二人が遺言書に託した思いは叶うのでしょうか?
答えは・・・Aさんの思いは叶います。Bさんの思いは叶わない可能性が高いと思われます。
この違いはお二人の相続人が遺留分がある相続人かどうか?ということです。
Aさんの相続人である弟は遺留分のない相続人。兄弟姉妹に遺留分はありません。
一方のBさんの相続人は配偶者と子供で、二人とも遺留分がある相続人だからです。
Bさんの妻と息子がBさんの遺言書の内容に納得し、遺留分を主張しないことも個人の自由ですが、遺留分があるにもかかわらず、まったく遺産をもらえないのは、納得できないという方がほとんどじゃないでしょうか。
僕も納得できないと思います。
遺言書があれば、原則は「遺言書」の指定どおりに遺産を分けることになりますが、あくまでも原則であり、例外もあるということです。
なお遺留分を無視した「遺言書」も無効ではなく有効ですが、遺留分の取戻しが争いに発展する可能性があるので、自分の気持ちに任せて自由に「遺言書」を作るのも考えものかもしれません。
遺留分はいつまで取り戻せるの?
遺留分は請求できるというだけで、請求するかどうかはその人の自由です。また遺留分は放棄することができます。
ただし、いつまでも遺留分を請求できたり放棄できると法的に不安定な状態が続いてしまうので、遺留分を取り戻すことができる期間が次のように定められています。
- 「相続が起きたこと」及び「遺留分を侵害するような贈与・遺贈があったこと」を知った時から1年
- 相続が起きた時から10年
相続が開始する前でも遺留分を放棄することができますが、相続が開始する前に遺留分を請求することは出来ません(それはさすがに無理です)。
現在の結婚と前婚のどちらにもお子さんがいらっしゃる方から遺言書作成のご相談を受けたことがありました。
前婚でのお子さんに遺留分があることや遺留分の時効について説明をさせていただいた後で、
その方がひと言・・・「とにかく10年間経ってしまえばいいんやね。時効を狙おうか」
間髪入れずに同席されていた奥様に向かって「冗談やで」とおっしゃったのですが、その方の目は笑ってなかったので、この人は本気だなと思った記憶があります。
ご相談だけでしたので、遺言書を書かれたのか?どんな内容の遺言書を書かれたのか?は知る由もありませんが、時効を狙おうと考えるのは止めてください(苦笑)
(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
民法
第千四十八条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
他の相続人が遺留分を放棄すると・・・
遺留分を放棄しても他の相続人の遺留分は増えません。この点は相続放棄の場合とは異なります。
例えば、Xさんが「妻Yにすべての財産を相続させる」という遺言を遺していたとしましょう。
この3人が相続人の場合は、Aさん・Bさんは遺留分である8分の1をそれぞれ取り戻すことができます。
- Xさんの再婚相手のYさん
- Xさんと前妻との子供であるAさん・Bさん
仮にBさんが遺留分を放棄したとしても、Aさんの遺留分は8分の1のままで増えません。
相続放棄の場合・・・
Xさんが遺言書を作成しないで亡くなった場合、妻であるYさんの法定相続分は2分の1で、お子さん達Aさん・Bさんの法定相続分は各4分の1になります。
Bさんが相続放棄をすると、Aさんの相続分は2分の1に増えます。 ここが遺留分の放棄とは違います。
だから、相続人の中でもし遺留分を放棄する人がいたとしても自分の遺留分が増えるということにはなりません。あくまでも相続人それぞれについて定まっているので、遺留分を放棄することも相続人それぞれがすることができます。
また、遺留分を取り戻すかどうかも各相続人の意思に委ねられているので、兄弟であっても「俺の遺留分も一緒に取り戻しておいて」というわけにはいきません。
(遺留分の放棄)
民法
第千四十九条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。
まとめ|遺留分の扱いは慎重に。
兄が遺留分を主張してきてトラブルに
私の父は、兄夫婦と折り合いが悪かったため、次男である私が同居して面倒をみてきました。父は面倒をみていた私に全財産を相続させるという遺言を遺したため、父の死後、兄から遺留分(遺産の4分の1)を主張されて、最終的に裁判で争うことになってしまいました。
遺留分を無視した遺言自体は有効ですが、遺留分の取戻しが訴訟等のトラブルになる可能性がありますので、遺言の作成にあたっては遺留分のある相続人にも配慮するように注意しなければいけません。遺留分のある相続人にどうしても財産を遺したくなければ、推定相続人の廃除を検討することも必要でしょう。

「主な財産である自宅を同居している長男に相続させる」という遺言書を作った場合に、他のお子さんから長男の方に遺留分を請求される可能性があります。
こういったお話しをすると「うちはたいした財産もないし、子供たちも仲がいいから相続の心配なんてしていませんよ」と仰る方の方が急に遺留分の割合を気にされるように感じます。
仮に遺産が現金なら簡単に分けることが出来ますが、不動産は分けにくいですし同居しているのであれば、売却して現金を分けるのも現実的ではないですよね。
また「同居しているお子さんの相続分を増やしたいから」という理由で遺言書を書こうとしたら「揉めたくないから、お願いだからそんな遺言書は書かないで!」と同居しているお子さん当人から待ったがかかることがあります。
遺産の行方を自分の意思で決めることが出来るものが遺言書ですが、作った本人が納得できて、かつ残される家族が揉めない内容の遺言書を作るのは実は簡単ではないのかもしれません。
同居して面倒を見てくれたお子さんに財産をのこしたいという気持ちも分かりますが、もし遺言書を作るのであれば遺留分の割合を正確に把握したうえで、くれぐれも遺言書がトラブルの火種にならないようにしたいものですね。